ある人と話して、また新たな自分らしさをいくつかみつけました。

 

・「アスリートっぽいね」と言われた

 

よく、「くやしい」って言うらしい。

狙ってたパンが売り切れてたら「悲しい」じゃなくて「くやしい」って言う。

それは周りの存在を意識してるからなのかなあ、と思ったり。前まで気づかなかったけど、そう考えればやっぱり「人と比べる」っていう文脈は私の中にたくさんあります。

なんでだろう。

 

お金のために働くのもいや。

(だけど最近は、お金を稼ぐって部分と自分の志や自己実現とを、わけて考えなきゃいけないのかなと思ったり)

 

アスリートならアスリートなりに、周りが切磋琢磨しているところに身をおかないとと感じる。

 

 

・バッググラウンドがすべて

 

「日本人だからこそ」「アジア人」「恵まれてる」「東大にいるし」「若者だし」

 

こんな言葉がよく出ます。

 

 

自分らしさやアイデンティティを求める時、自分がどんなコミュニティにいるか、社会から見てどういう存在であるかに依拠するんです。

 

「自分の肩書きとか、自分がどういう人間か説明してくれるものすべて取っ払った時に、自分で自分のことをなんと説明するのか、自分に何が残るか、考えてる」

って、その人は言ってた。

 

いつのまにか、自分の肩書きや所属してるコミュニティとしての価値のなかに安住してないか。

 

 

いつのまにか、周囲の選択やなんとなくの「こうあるべき」が、よく考えない自分の「やりたい」にすり替わってしまってなかったか。

 

日本のために何かしたいのは、義務感ではないのか。利他的感情を利己的感情になんの疑いもなくつなげてしまってないか。

 

 

これらを問い直した上で、

自分はどんな人か。何が好きで、何をやりたくて、そのために何をしてるのか。

 

もっとこの問いに答えられるようになりたい。私が私である必然性を無視したときにも、なにか残る人でありたいなあ、と思います。

 

 

5ヶ月後に留学がはじまります。

 

まずは自己研鑽です。

やっぱり本は人を創るのだと思う。よも。

 

あとは深い話をする機会をそれまで月一以上自ら設けます。

 

 

 

直近でやること

・「人」と関わるためのバイトをさがす

・数学の勉強をする機会を設ける

・読む本リストをつくる

(これから会う人一人につき、これは読んどけ、の本を一冊聞くことにする)

・遅刻に厳しくなる、5分前行動するためにその5分で毎回すること(アプリとかね)を考えて習慣化のモチベーションにする