小さい頃、学校行事とかで戦争系の博物館に行ったことがある人は、その時のことをよく思い出してください。

 

 

子供達は、博物館見学の感想を求められた時、どんなことを書くと思いますか。

「戦争は恐ろしいと思いました」
「戦争は二度と繰り返してはいけないと思いました」

確か私はこんな風に書いた記憶があります。

 

 

だけど、きっと今日私が訪れた、抗日戦争記念館(盧溝橋のそばにあります)を見た子供たちが抱く感想は違う。

 

 

この記念館では、日本がいかに残虐なことをしたか、そこに対して中国、特に共産党がいかに対抗したかが伝えられています。

 

 

もちろんこういう博物館の存在自体を否定したいわけではない。

ただ、ここに来た子供たちが、戦争に対して反日感情だけを持ったまま帰ってしまうとしたら、とても悲しいなと思った。

日本がなぜ中国を攻撃したのか?という問いに、日本人が残虐な民族だから、という風な答えしか導き出せないような教育が行われているとしたら、それによって中国人のナショナリズムは高まっても、民族間の友好関係が築ける未来は遠いよね。

何か悪い出来事があった、誰かが不利益を被った、となったら、誰しも責任の所在をどこかに求めて、気持ちのはけ口を作りたくなるものです。

 

 

日本のように戦争そのものを否定することではけ口を作るならまだしも、敵、つまり日本が攻められている事実は単純に日本人として悲しいし、ではなぜ日本が中国を攻撃するに至ったのか、そもそもなんで戦争が起きるのか、にまで至らないとしたら、世界は変わらないんじゃないかなって思った。

 

 

現代日本人は、未だに戦争責任戦争責任と言われることがあります。
確かに、民族として過去の事実に対して謝罪の立場をとり続けることは重要かもしれない。でも、直接的には何を為したわけでもない私たちが、日本人だからといって今後も何かにつけて先祖の過ちを責められ続けるとしたら、私たちも戦争の被害者なのかもしれないな、と思いました。