後半戦の留学の定義3カテゴリに従って、振り返っていきたいと思います。
長すぎるので分割。
まずは、グローバル面での戦闘力をつける、というテーマについての振り返り。
A. 将来の働き方を考えた時、正直、「グローバルなアクター」(=国籍の違いが全く考慮されない場に溶け込むような人、日本人とかアメリカ人とかドイツ人とか関係なく、みんな同じ一人の人間として働く。もちろん英語で。)になりたいわけじゃないということに気づいた。それよりは、日本人であるという強いアイデンティティに結びついて仕事をしたいと思った。すがりつきたいとも言うのかな。この理由としては、せっかく日本社会で見たら優位な場にいるのに、海外に行くとそれが失われてしまう、ゼロからのスタートになる、と気づいたのが大きい。もちろん海外は好きだし、日本がグローバルスタンダードに追いついていないのは悔しいから、自分も日本の今後を担っていく一員として、グローバルな場でも活躍できる人でありたいのはそう。ただし、冒頭で述べたような本当に本当の「グローバルなアクター」になりたいというわけではなくて、自分が働きたいのは日本を拠点にしているとか、日本人が多いとかそういう職場の方で、日本という国から縁を切ってボーダーレスに活動したいというわけではないのがわかった。
これには、日本が好き、というプラスな理由もあるのだけど、どちらかというとやっぱり消極的な理由が大きいかも。
本当に「グローバルなアクター」になるとしたら、やはりコミュニケーションや思考のツールである英語の壁は高いのだけど、私は大学に入るまでに英語を極めるまでのアドバンテージとなる経験や機会がなかった。一方で、帰国子女の友達で、英語と日本語を両方同じくらい使いこなせる子達もいることがわかった。
これは諦めというよりは、プラスに捉えていきたい面なのだけど、そういう帰国子女の子たちが、日本語による教育を受けられないという代償を一定期間払ってきた(本人談)代わりに、私は純日本人として教育をずっと受け続けてきて東大に入った、というアドバンテージ、そしてそれに伴う強い日本人アイデンティティ、母国愛を持っているのだから、それを生かさない手はないなと思った。逆に言えば、それらを全部手放してまで、「グローバルなアクター」としてゼロからのスタートを切りたいとは思わない。「日本人」として働くにしても、きっと海外との繋がりをたくさん持てる仕事はたくさんあるはず。
ここから言えることは、自分にこだわりというこだわりが全くないから、何もないところから何かを生み出す、という発想や選択肢が生まれないのだと思う。それよりは、自分の生まれとかこれまでの生き方みたいなところで自分を縛りたく(そこから自分を見出したく)なるのだと思う。
