ピアノ調律師サリーパパの面白ピアノストーリー

ピアノ調律師サリーパパの面白ピアノストーリー

ピアノ調律師です。一般家庭だけでなく、大学、小中学校のピアノの調律も行っています。そこで様々なピアノに出会い、人に出会います。持ち主様のお話を伺うとピアノにまつわるとても深~いストーリーにも出会うことが‼そんな深すぎるピアノ・ストーリーを綴っています。

ピアノの調律で出会ったピアノ、持ち主様とのなんとも深いストーリーを書いていきます。また古いものが大好き。特にイギリスのアンティークなんて良いですね❗手巻きの時計とか万年筆とか古い椅子とか、思い入れのあるものについても綴っています。

よく、「世(間)では自分の妻のことを愚妻などと呼び、それは良くない云々…」って言う人たちがいますよね。主にアメリカナイズされたパブリックトークで。



そういう人はアメリカ式の愛情表現を推奨し、人前で妻を褒めること、愛していることを伝えることが大事だと力説する。




まぁ、確かに一理ある。





でも、なんか、ちょっと違うと思う。






この愚妻という表現は、辞書で調べたら「愚かな自分についてきてくれてる良い妻です」という意味らしい。




同様に愚息も、「愚かな自分」の息子であることを述べている訳で、決して「息子が愚か」であることを述べている訳ではないのだ。





また、たとえ、愚妻を本当に「愚かな妻」という意味で表現したとしても、その背後には「人前で妻を愚妻と呼ばせてるくれる器の大きい素晴らしい奥さんなんだな」と僕は感じとる。





愚息、愚かな息子という意味、バカ息子と言う意味も、「可愛くて仕方ないんだな」と受け取る。





僕は犬を飼う前は「愚妻、愚息、バカ息子」などというべきでないと思っていたけど、犬を飼って、「ウチのバカ犬」という飼い主の表現の中に「そのバカさが可愛いくて仕方ない」という思いを感じ取る様になった。





流石に言葉がわかる人間に「バカ息子」とかは言わない方がいいとは思うけど、日本人は謙虚さの表現の中に、愛情を読み取る能力はちゃんとあると思う。






「優れたパーカッショニストは、一番大事な音は叩かない」





昔、そんなことを聞いた。





一番大事なことは、表現するのはなく、言葉にしない方法で伝えた方が心に響く、ということなんだろう。





行間を読むこと。言葉の表面的なものだけで判断しないこと。





それが大事なんじゃないかと思うのです。




もちろん、言葉にしないと伝わらないこともあるだろう。





でも、それだけじゃないことも、たくさんあることを知ってほしい。


幼稚園のピアノを調律しながら、園庭の桜を見ていた。







園庭には桜とカラフルな遊具。





子供たちがいたら、さぞ賑やかなんだろうな。





でも、今日は誰もいない。





入園式の準備をする若い先生たちの笑い声。




先生たちが、二十歳そこそこだ。





若い頃は、桜が満開なることこそ、美しく、それが散っていく様は寂しいものを感じていた。





でも、いまはわかる。







桜は散る姿こそ美しい。






桜の散る速度は無風状態で、だいたい秒速50センチと言われている。






この絶妙な速度が心地よい。





牡丹雪が落ちる速度もおおよそ秒速50センチ。




蛍が飛ぶ速度もおおよそ秒速50センチらしい。




日本人はこの速度になんとも言えない心地よさと憂いを感じる。





三好達治の詩で





「太郎を眠らせ 太郎の屋根に雪降り積む



次郎を眠らせ 次郎の屋根に雪降り積む」





このなんとも意味深な詩の中の雪はきっと牡丹雪なんだろう。





紀友則の




「ひさかたの ひかりのどけきはるのひに



しづこころなく はなのちるらむ 」




この時の散っていく桜の花の速度も秒速50センチだったんだろうか?なんて考える。





帰った後、小さなバイクで三沢川まで行ってみた。










ずっと見ていたら夜になった。








昔見たドラマで「家栽の人」。




家庭裁判所を「家裁」ではなく、「家栽」と呼ぶ裁判官の話だ。




非行少女が裁判官に




「桜は散ると汚いから好きではないです。」と言う。




裁判官はいう。





「桜の花びらが散ってくるのを待ってるものたちがいる。




それは土の中の無数の微生物たちです。



彼らはその散ってきた花びらを食べ、それを排泄し、自らも朽ち果て、腐り、それが豊かな土の栄養となり、翌年にまた美しい桜を咲かせるのです。





だから、散っていく様は決して汚くはないのですよ。」





人間はいいときだけでなく、それが終わろうとしているときにこそ、その尊さといたわりの気持ちをもつ。





幼稚園の桜を見ながら、いろんなことを考えた1日でした。



前はよくiPodで音楽を聴いていたんだけど、最近はめっきり外で音楽を聴くことはなくなったな。車では聴くけど。






音楽はリビングのアンプとスピーカーで聴いているけど、時には一人で机の前で静かに聴きたい。






できれば真空管で。






柔らかい音と、光りで、ゆっくりと音楽が聴きたい。






ということで、こんな小さな真空管アンプを見つけました。







BOSEのスピーカーによく合ってます。








真空管の柔らかい光りがいいです。










ということで、iPodを真空管アンプで聴くのも、なかなかオツなものです〜(笑)