仕事のこと、日々の暮らし、趣味のことなど、何気ない日常の中にあるささやかな輝きを忘れないように。

仕事のこと、日々の暮らし、趣味のことなど、何気ない日常の中にあるささやかな輝きを忘れないように。

ピアノ調律師をしています。何気ない日常の中に密かに隠れている輝きを見つけたい、そんなことを考えながらつらつらと書いています。

ピアノの調律で出会ったピアノ、持ち主様とのなんとも深いストーリーを書いていきます。また古いものが大好き。特にイギリスのアンティークなんて良いですね❗手巻きの時計とか万年筆とか古い椅子とか、思い入れのあるものについても綴っています。

〜The Milk of Human Kindness〜


人の優しさのミルク


以前、マクベスの戯曲の一節を、名詞の裏に印刷していた。




仕事を通して、そんな温かさを提供したかったからだ。


やがて名刺には、新しい工房や、専属のホールの情報が書き込まれ、その一節は消えていった。


仕事は忙しくなり、同時に下を向いて歩くことが増えた。


「チャイ飲めますか?」


インド好きのお客様が、シナモンやカーダモンを使って、本格的なチャイを淹れてくれた。


ゲームに夢中の男の子と、疲れて床で倒れ込んで寝てるお姉ちゃんの傍で、


ミルクで煮出した茶葉の芳醇で優しい味の熱いチャイを啜りながら、


鼻の奥がツンとしたのは、効いてるスパイスのせいだけじゃないことを、


僕は感じていた。





「正月は1人で過ごしますよ。」


年末に奥さんを亡くした友人が、力無く笑った。


僕と同年代の彼も、子どもはなく、フリーランスの仕事をしていることも共通だった。


「顔を見てやってくれますか?」


一緒に行った安置所で、亡骸の頭にそっとブラシを当てたときの抜けた数本の髪を、


彼は優しく包むようにダウンのポケットにしまった。





「やっぱり人がいるって、嬉しいね。」


7ヶ月ぶりに帰ってきた狭い団地の部屋で、母は震える手でトランプのカードを揃えながら呟いた。


去年の5月に救急搬送されたとき、母はもう二度とここに戻ることはできないだろうと思っていた。


3日間の外泊許可は、50年前の家族の風景を、お母さんと、お姉ちゃんとボクに、


温かく、届けてくれた。