仕事のこと、日々の暮らし、趣味のことなど、何気ない日常の中にあるささやかな輝きを忘れないように。

仕事のこと、日々の暮らし、趣味のことなど、何気ない日常の中にあるささやかな輝きを忘れないように。

ピアノ調律師をしています。何気ない日常の中に密かに隠れている輝きを見つけたい、そんなことを考えながらつらつらと書いています。

ピアノの調律で出会ったピアノ、持ち主様とのなんとも深いストーリーを書いていきます。また古いものが大好き。特にイギリスのアンティークなんて良いですね❗手巻きの時計とか万年筆とか古い椅子とか、思い入れのあるものについても綴っています。

数年前までは、団地の一角を僕から手を引かれて歩いていた母は、やがて、一つの棟も歩けなくなり、最後は一階からの階段を数段降りるだけの状態になった。


それでも、狭い芝生に咲く花を見て、四季の移り変わりを感じていた。


「これ、なんの花だっけ?スズランじゃないし。」


一年ぶりに緊急入院した母に、かつての住まいの階段の脇に咲いていた花の写真を見せた。



「ホタルブクロじゃない?」


そうだった。85歳の母からまだまだ教わることは沢山ある。


僕は、そう思いながらコンクリートの隙間に咲いているドクダミの花が一番好きだったことを思い出した。








頑丈な厚いガラスで出来たその容器は、上品な徳利(とっくり)か、一輪挿しのようだった。


「お醤油さしなんです。使わなくなったものなんですが、誰にでもあげたいわけじゃなくて。よかったら、もらってください。」


そう言って、彼女はそれを丁寧に緩衝材で包んで、小さな手提げ袋に入れて僕に差し出した。


僕は、映画「時をかける少女」で、原田知世ちゃんが、醤油工場の息子の尾美としのりに、ハンカチを返す場面をふと思い出した。


広島県尾道市の坂道。


「ありがとう。このハンカチ、ほんのりとお醤油の匂いがしたわ。


私、この匂い好きよ。なんだか優しくて。」


40年前の映画のワンシーンだ。


僕はこの透明で美しい曲線の容器に見惚れながら、


まだ入れてない、赤褐色のお醤油の優しい匂いを想像して、


少しだけ、頬が緩んだ。



「わずかな期間だったかも知れないけど、あの頃俺たちが頑張っていたことを、神様は忘れてはいないと思う。」


48歳で亡くなった親友の墓前に花を手向けたとき、一緒に行った友人はそう言って、墓碑銘に刻まれた文字を歯ブラシで磨いた。


僕は、少し前にお客様のピアノの上にあった


「わが恵み、汝に足れり」


という聖書の言葉を、ふと思い出して、


温かい涙がこぼれた。