ピアノの調律で出会ったピアノ、持ち主様とのなんとも深いストーリーを書いていきます。また古いものが大好き。特にイギリスのアンティークなんて良いですね❗手巻きの時計とか万年筆とか古い椅子とか、思い入れのあるものについても綴っています。
優しい音色「ちょっと待っててください」眠そうな目をこすりながら、少しだけ玄関のドアを開けて彼は言った。僕たちがピアノの修理をしている横で、彼は母親につつかれながらテーブルの上に広げられたワークブックと格闘していた。人には言えないそれぞれの悩みを垣間見ながら一日がかりの修理を終えた。リフレッシュされたピアノを弾く中学生男子の奏でる音色は少しつっけんどんな言葉とは裏腹な、優しく繊細な心が表れていることに僕も母親も気づいていた。
自分らしく。「あの頃、私、ノイローゼになって、頭ツルツルになったんです。」数年前に子どもの有名私立幼稚園の「お受験」のために神経をすり減らした日々を笑いながら話してくれた。きっと無理してお嬢様学校に入れようとしたんだろうか。「もう、何もかもやめて、フツーの小学校で元気にやってますよ!」金髪のツーブロックのショートヘアーと銀色のネイルの指先から奏でられるピアノは、今日の夏の空のようにどこまでも自由で伸びやかだった。
「白い粉ありますか?」「白い粉ありますか?」トーンを少し抑えた声で仲間が言った。襖の向こうは、お客様宅のリビングだ。「とりあえずあと5本、打ちます」注射器を手にした彼女は、不敵な笑みを浮かべながら、狙いを定めていた。「あとは、コロして終わりですね。」僕は、隣のリビングで耳をダンボにして固まっているお客様を勝手に想像して一人で笑っていた。…………注白い粉…粉末潤滑剤スリーボンド注射器…潤滑のための水アルコールコロス…鍵盤のバランスピンホールを広げること。