フィリピン共和国

  通称フィリピンは、東南アジアのルソン島、ミンダナオ島、

  パラワン島などからなる立憲共和制国家。

  7641の島々がある群島国家であり、

  そのうち有人島に暮らす総人口は1億人を超える。

  マレー系を主とした多民族国家であり、首都はマニラ市。

 

  フィリピン諸島は、

  東はフィリピン海を挟んで日本とパラオ、

  バシー海峡を挟んで台湾、スールー海を挟んでマレーシア、

  南はセレベス海を挟んでインドネシア、

  西は南シナ海を挟んで中国およびベトナムと

  向かい合う形で海上での国境を接している。

 

        フィリピンの位置

 

 

  文化遺産

 

    フィリピンのバロック様式教会群 - (1993年)

      ルソン島、マニラ、パオアイなどの街に残る

      スペイン様式の教会が登録されている。

      

      マニラ(イントラムロス)

          

            サン・アグスティン教会

 

      イロコス・ノルテ州パオアイ市

          

           パオアイ教会

 

      イロコス・スル州サンタ・マリア市

                     

            アスンシオン教会

 

      イロイロ州ミアガオ市

          ミアガオのビリャヌエバ教会

             ビリャヌエバ教会

 

    フィリピン・コルディリェーラの棚田群 - (1995年)

      ルソン島北部の中央山岳地帯の

      主に東斜面に広がっている棚田地帯。

      棚田の規模としては、世界最大ともいわれている。

 

      山岳民族のイフガオ族などが

      紀元前1000年 - 紀元前100年から造成しはじめたといわれている。

      一部、水牛なども使われたようだが、ほとんどが手作業である。

 

      天国へ昇る階段とも比喩される。

      棚田の総延長は2万キロメートルを越えるとも言われている。

            コルディリェーラの棚田

 

    ビガン歴史都市 - (1999年)

      ルソン島のマニラの北、約400kmにある都市。

      1574年に建設され、

      16世紀からのスペインによる統治下で

      商業、貿易の拠点として栄えた。

          ビガン歴史都市

 

 

  自然遺産

 

    トゥバタハ岩礁自然公園 - (1993年、2009年拡大)

      フィリピン諸島の南西にある

      パラワン島の東側のスールー海の中央部にある

      岩礁と珊瑚礁を保護する目的で設置された海中公園。

         

 

    プエルト・プリンセサ地底河川国立公園 - (1999年)

      フィリピン諸島の南西にある

      パラワン島の洞窟内に流れる地下川を

      保護する目的で指定された国立公園。

         

 

    ハミギタン山域野生生物保護区 - (2014年)

      ハミギタン山域野生生物保護区は2001年に設定が決まり、

      その年には重要野鳥生息地に選定された。

      野生生物保護区は2004年に正式に設定され、

      2007年には範囲が拡大された。

           

 

         

           ミンダナオカオグロサイチョウ

 

           ネペンテス・ハミグイタネンシス(英語版)(ハミギタン固有種のウツボカズラ)

             ネペンテス・ハミグイタネンシス

  複合遺産

 

    該当なし

 

 

2026年8月14日

昨日の散歩、家南の山道コースで見つけた花!

  

  百合のようで百合でない、

    彼岸花のようで彼岸花でない、

      これは何かと尋ねたら・・・・・?

 

ミンミンゼミがやかましく・・・夏の終りもすぐそこに!!

 

お盆(8月13日~16日)中は墓参りはしない。

(お墓にいないので・・・)

 

さて、陶芸教室をお休みにしたので午前中は散歩に。

今日は家西の公淵池周回コース。

 

  公淵池(きんぶちいけ)の由来

    伝説では、

    1185年(元暦2年)の屋島の源平合戦で平家が敗れたあと、

    平家の**公達(きんだち)**が山中へ逃れてきた。

 

    月明かりの中を逃げていると、

    ある淵のあたりから人の気配とともに香の匂いが漂ってきた。

    淵をのぞくと、そこには都にいるはずの友人や姫君たちが現れ、

      「笛と琴を合わせましょう」
      「月見の宴をしましょう」

    などと、公達を誘った。

 

    疲れ果てていた公達は、

    都の人々が自分を待っていてくれたと思い、

    淵の中へ身を投じてしまった――。

 

    そして、その後この淵を人々が

    **「公淵(きんぶち)」と呼ぶようになり、

    後にそこへ堤を築いてため池にしたので、「公淵池」**となった。

 

多田一族が中心となって建立した多田善最神社(家南)は、

平家落人の追ってだった多田源氏(始祖は源満仲)に由来する。

 

余談だが三木町で一番多いのは多田姓なのである。