李 白(り はく、701年 - 762年)
中国の盛唐の時代の詩人である。
字は太白(たいはく)。号は青蓮居士。
唐代のみならず中国詩歌史上において、
同時代の杜甫とともに最高の存在とされる。
奔放で変幻自在な詩風から、
後世に『詩仙』と称される。
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李白は多作であり、
生涯に1万首ほどの詩を詠んだが、
現存するのはそのうち1000首ほどとされる。
李白は「酒仙」とまで呼ばれるように酒を愛したことで知られ、
飲酒を礼賛した詩を数多く詠んでいる。
峨眉山月歌(峨眉山月の歌)[七言絶句]
漢文
峨眉山月半輪秋
影入平羌江水流
夜發淸溪向三峽
思君不見下渝州
書き下し文
峨眉山月(がびさんげつ)半輪(はんりん)の秋
影は平羌江水(へいきようこうすい)に入って流る
夜清渓(よるせいけい)を発して三峽(さんきよう)に向かう
君を思えども見えず渝州(ゆしゆう)に下(くだ)る
現代語訳
峨眉山上に半輪の秋の月がかかり、
その月の光が平羌江の水の上に映って、
ちらちらと流れているように見える。
私は夜中に清渓を舟出して三峽に向かっていく。
やがて山がせまり、岸がそびえるにつれて、
月はいつしかかくれ、あの月を見たいと思ったが、
ついに見ることができず、渝州に下っていく。
{ 「君」:月を指す }
鑑賞
李白、二十五歳ころの作。
李白が蜀の清渓の地から希望と不安を抱きながら
舟出した時の作品である。
この詩は後出の「早發白帝城」の詩とともに、
李白の傑作中の傑作といわれている。
その理由の一つは、
峨眉山・平羌江・清渓・三峽それに渝州という
固有名詞を五つも使っているものの、
それらがめざわりとならずに、
却(かえ)って、詩のイメージを作り出していること。
また眉・平ら・清の文字が、
月の縁語になっていることも注目しなければならない。
つまり、固有名詞の文字の効果を巧みに生かしているのである。
2026年7月31日
午前中は三木農協年金友の会の総会に参加する。
午後はゴルフの練習に!
今日もアプローチ(50m)を百球ほど!!
