王 維(おう い、699年 - 759年 / 701年 - 761年)

  中国盛唐の詩人。

 

  同時代の詩人李白が“詩仙”、杜甫が“詩聖”と呼ばれるのに対し、

  その典雅静謐な詩風から詩仏と呼ばれ、

  南朝より続く自然詩を大成させた。

 

  韋応物・孟浩然・柳宗元と並び、

  唐の時代を象徴する自然詩人である。

  とりわけ、王維はその中でも際だった存在である。

  画についても、“南画の祖”と仰がれている。

 

    酌酒與裴迪【酒を酌んで裴迪(はいてき)に与う】

                [七言律詩]

 

  漢文

     酌酒與君君自寛

     人情飜覆似波瀾

     白首相知猶按劍

     朱門先逹笑彈冠

     草色全經細雨濕

     花枝欲動春風寒

     世事浮雲何足問

     不如高臥且加飡

 

  書き下し文

    酒を酌んで君に与う君自ら寛(ゆる)うせよ

    人情の飜覆(はんぷく)波瀾(はらん)に似たり

    白首(はくしゆ)の相知(そうち)すら猶(な)お剣を按(あん)

    朱門(しゆもん)の先達に弾冠(だんかん)を笑う

    草色は全(まつた)く細雨を経(へ)て湿(うるお)

    花枝は動かんと欲して春風(しゆんぷう)寒し

    世事(せじ)浮雲(ふうん)何(なん)ぞ問うに足らん

    如(し)かず高臥(こうが)して且(しばら)く飡(きん)

                     加(くわ)えんには

 

  現代語訳

    お酒を酌んで君にさしあげる。

     まあ一杯飲んで、ゆったりした気分になりなさい。

    人間の感情なんて、いい時も悪い時もあって、

     まるでうち寄せる波のようにくるくる変わるものさ。

    とも白髪の友人同士だって、

     利害のためには剣を取って争うこともあるし、

    先に出世した人たちは、うだつが上がらず、

     引きを待つ者を冷笑しているのさ。

    つまらない雑草は恵みの雨を受けて

     しっとりとつややかに湿っているのに、

    高雅な枝の花は、つぼみが開こうとしても

     そこに吹く春風は冷たいのだ。

    人の世の事なんぞは、まるで浮雲のようにあてどもないし、

     はかないものだから、とやかく言うに足りないよ。

    そんなことはもうあれこれ考えず、

     超然として自愛することだ。   

 

  鑑賞

    この詩は王維が若い友人裴迪(はいてき)慰め励ました詩である。

 

    裴迪は後、尚書郎(しょうしょろう)にまでなるが、

    このころは、おそらく科挙の試験にも受からず、

    くさっていた失意の時代であったと思われる。

 

    その裴迪に対し王維が同情して一緒になって

    人の世を憤慨してやっているのである。

    したがって、王維にしては珍しく感情が激しい作品になっている。

 

    試験に失敗して、青菜に塩の如く、

    しょんぼり憂鬱そうな顔で王維の前に現れた裴迪に、

     「くよくよしなさんな、まあ一杯お飲みよ」

    と人生の先輩王維が肩のひとつもたたきながら

    酒を勧めているのである。

 

    以下裴迪の自信を回復させるように、

     「お前がだめだったのではない。

      世間の人間がどいつもこいつもだめなのだ」

    とうたう。

 

 

2026年7月20日

夏割りの日

  和酒、洋酒を好きな飲料で割って夏を楽しんでもらいたいと、

  キリンビール株式会社が制定。

  日付は、7と20で夏割りと読む語呂合わせから。

 

誰も飲まなくなったので年代物の梅酒が8ℓ瓶で6本も残っている。

暑い日は冷たい梅酒ハイにして消費するかなぁ・・・・!

 

午前中はヨーガ教室。