王 維(おう い、699年 - 759年 / 701年 - 761年)

  中国盛唐の詩人。

 

  同時代の詩人李白が“詩仙”、杜甫が“詩聖”と呼ばれるのに対し、

  その典雅静謐な詩風から詩仏と呼ばれ、

  南朝より続く自然詩を大成させた。

 

  韋応物・孟浩然・柳宗元と並び、

  唐の時代を象徴する自然詩人である。

  とりわけ、王維はその中でも際だった存在である。

  画についても、“南画の祖”と仰がれている。

 

   山居秋暝 (さんきよしゆうめい)【五言律詩】

 

  漢文

    空山新雨後

    天氣晩來秋

    明日松閒照

    淸泉石上流

    竹喧歸浣女

    蓮動下漁舟

    隨意春芳歇

    王孫自可留

 

  書き下し文

    空山新雨(くうざんしんう)の後(のち)

    天気万来(てんきばんらい)(あき)なり

    明月松間(めいげつしょうかん)に照(て)

    清泉石上(せいせんせきじよう)に流(なが)

    竹喧(さわが)しくて浣女(かんじよ)(かえ)

    蓮(はす)動いて漁舟(ぎよしゆう)(くだ)

    随意(ずいい)なり春芳(しゆんぼう)の歇(や)むこと

    王孫(おうそん)(みずか)ら留(とど)まる可(べ)

 

  現代語訳

    秋の静かなもの寂しい山に、サアーッと雨が降り、

     そして上がったばかり。

    雨上りのあと、澄んだ気配は夕暮れにいよいよ清らかに、

     秋らしくなる。

    松の葉ごしに照る月の光、

     石の上にサラサラ流れる清らかな泉の流れ。

    竹林の向こうに何やらにぎやかに話し声が聞えて

     浣女が帰ってゆき、

    入江の蓮が動いて、漁舟が川を下ってゆく。

    (この山居の様はかくのごとくすばらしいから)

     春の花は勝手に散ってしまうがよい。

    王孫は春の草花が枯れ尽きようと、

     そんなことはかまわずここに留まるだろう。

 

  鑑賞

    王維は宮仕えの傍ら、

    都の郊外の輞川荘(もうせんそう)で隠逸の生活を楽しみ、

    隠者の歌をうたった。

 

    これはその一つで、輞川荘での秋の夕暮れの情景を描いたもの。

    わびの中につやを織り込んだ王維独自の世界。

 

    この詩の見どころの一つはまず最初の句にある。

 

    雨上りの山荘の実景を描写した句であるが、

    空山と新雨の取り合わせが絶妙である。

 

      空山はというのは、

       「何もない山、秋の木の葉を落とした山、

        寂しい秋の静かな山、だれもいない山」

      といった抽象的雰囲気を表す場合に使われる。

 

    空山の「空」と逆の方向の語感をもつ

    新雨を組み合わせることによって、

    末枯(すが)れた山の奇妙な晴れやかさと、

    さびた世界の清澄さが浮き出ている。

 

    この清澄さの感覚は第二句の天気の語で適確にとらえられ、

    この山荘の秋の気分が描き出される。

 

    頷聯(がんれい)の対句は、

    前の二句を承けて秋の清らかさを展開し、さらに美しさを加え、

    この詩の舞台装置を整え、次の句を呼び起こす。

 

    頸聯(けいれん)の対句は、

    浣女なり漁舟なりが見えないのがおもしろいのである。

 

    漁舟は漁父(ぎよふ)の乗る舟、漁父は隠者の友であるから、

    隠逸世界にふさわしい道具立てになる。

 

    浣女はどうか。

    

    浣女とはこの場合、川で洗濯する娘を指すが、

    語のイメージとして「浣紗(かんしや)」(絹をさらす)と関連し、

    さらには春秋時代の美女西施へと連想が進む。

 

    したがってここでは、

    美しくうら若い娘たちがさざめきながら

    竹の向こうを通るということになる。

 

    これが山居の中の色彩であり、

    わびの中のつやであって、この詩の核をなすものなのである。

    

 

2026年6月19日

昨日歩いて蓮成寺のフウランを見に行ってきた。

 

まだ早かったようで7月になったらまた行くつもりである。

以下は三木町公式ウエブサイトより

香川県指定文化財(天然記念物) 昭和29年2月2日指定

イヌマキの写真

 

フウランの写真

 

午前中は卓球の練習。

 

午後はお家カラオケを!!