王 昌齢(おう しょうれい、698年 - 755年?)
中国唐の詩人。
京兆府に生まれた。
開元15年(727年)に進士となり、
秘書省の校書郎から開元22年(734年)に
博学宏詞科に及第して汜水県尉となったが、
奔放な生活ぶりで江寧(現在の江蘇省南京市江寧区)
県丞・竜標(現在の湖南省懐化市芷江トン族自治県)
県尉に落とされた。
その後、天宝14載(755年)、
安禄山の乱の時に官を辞して故郷に帰るが、
亳州刺史の閭丘暁に憎まれて殺された。
後に閭丘暁は、安禄山軍の侵攻に対し、
唐側の張巡を救援しなかった罪で、唐の張鎬に杖殺された。
この時、閭丘暁は
「親がいるので、命を助けて欲しい」
と言ったが、張鎬は、
「王昌齢の親は誰に養ってもらえばいいのか?」
と反論し、閭丘暁は押し黙ったと伝えられる。
閨怨(けいえん)<七言絶句>
漢文
閨中少婦知愁
春日凝妝上翠樓
忽見陌頭楊柳色
悔敎夫壻覓封侯
書き下し文
閨中(けいちゅう)の少婦(しようふ)愁(うれ)いを知らず
春日妝(よそお)いを凝らして翠楼(すいろう)に上る
忽(たちま)ち見る陌頭楊柳(はくとうようりゆう)の色
悔(く)ゆらく夫壻(ふせい)をして封侯(ほうこう)を
覓(もと)め教(し)めしを
現代語訳
部屋の中の若い妻、なにも愁いを知らない。
その愁いを知らない妻が春のうらうらとした日に、
お化粧を念入りにして、美しい高殿へ上ってゆく。
彼女はうきうきした気分で二階から外を見る。
と、ふと目に入ったのは大通りのほとりの
うっすらと芽吹いている柳の色。
柳の色を見ているうちに去年の今自分のことを思い出した。
ああ悔やまれてならない、
戦争へ行って手柄をたて大名になってよ、
と夫を送り出したことが。
鑑賞
「閨怨」は愁いに沈む、
泣き濡れた女性を描くのが一般的であるが、
この詩では起句で愁いを知らず、と言う。
承句では、翠楼ということによって、
この若妻が、金持ち階級であることがわかる。
若妻は春のうらうらした日に、
念入りに化粧しうきうきと二階へ上がっていく。
何をしに行くかというと、
二階の窓からチラチラ顔でものぞかせ、
下を通る若者たちの関心を惹こうというところなのである。
起・承句には閨怨の影もない。
ところが後半、その柳の色が目につくことから、
場面が転換する。
柳で別れを思い出し、そして夫を思い出した。
結句の、悔ゆらくは、ああ夫は戦争に行ってしまった。
今となっては大名なぞにはならなくてもよい、
そばにいてほしい…………という甘い感傷、
心の疼きがうたわれている。
この転換がおもしろい。
彼女は功名を夢見て景気よく夫を戦場に送り出したが、
戦争とは過酷なものであるから、
彼女の夫は戦死するかもしれない。
とすると彼女は若い身空で後家になるわけだ。
自分の背負っている過酷な運命にも気づかず、
春の日に浮かれている美しい若妻。
幼稚ななまめかさといたましさがないまぜになった、
閨怨詩の傑作である。
2026年6月3日
台風6号は豪雨となったようだが、
熟睡して全く気がつかなかった。
家の側の川の増水は半端ない。
小川下池に設置されている水位計からメールが届いていた。
【小川下池】水位が危険レベルを超えました。
発生時刻:2026/06/03 04:47:26
早速ネットで確認したら、
水位は + 5.7m (満水5.5m)と危険水域になっているが、
ライブ映像では水位の上昇が見られない。何でや・・・?

この後、池守として現地確認に行くつもりである。
午前中はS医院にリハビリへ。
