張 説(ちょう えつ、667年 - 730年)
中国唐の政治家・詩人。字は道済。
西晋の司空の張華の末裔にあたる。
文官・武官として順調に官職を重ね、
工部侍郎・同中書門下平章事・中書令・
巡察使・節度使を歴任し、三度も宰相となった。
703年9月、魏元忠を疎んじた張易之・張昌宗の兄弟が
武則天に魏元忠が謀反を企んでいると誣告した。
張説は官位を餌に偽証を求められたが、
告発は虚偽のものであり魏元忠は無実であると主張して
欽州に流罪(魏元忠や高戩らと共に)となった。
このことから後に中宗や玄宗の信頼を得た。
また、詩人としても名を成し、
作品として『張説之文集』がある。
送梁六 [梁六(りようろく)を送る]
漢文
巴陸一望洞庭秋
日見孤峰水上浮
聞道神仙不可接
心隨湖水共悠悠
書き下し文
巴陸(はりよう)一望(いちぼう)洞庭(どうてい)の秋
日に見る孤峰(こほう)の水上に浮かぶを
聞道(きくなら)く神仙接(せつ)すべからずと
心は湖水に随(したが)って共に悠悠(ゆうゆう)
現代語訳
巴陸から一望のもとにながめわたす洞庭湖の秋
日ごと目に映るのは、湖上にただひとつ
すっくとそびえる君山(くんざん)の姿。
聞くところによると、
神仙は近づくことができないものという。
あなたは今、神仙の住む君山に入ってゆくが、
私にはまだそれができない。しかし、
神仙を思う私の心は、湖水とともに、
いつまでも尽きることがないのだ。
鑑賞
この詩は、張説が岳州(湖南省岳陽市)刺史時代、
梁知微の旅立ちを送ったものである。
張説は梁六と巴陸に登り、洞庭の秋を眺め、
湖中の君山に託して胸の内を述べる。
「梁さん、あなたが都に上るのは、
ちょうど君山に行くようなものですよ。
私はいろいろ事情があって君山には行けませんし、
そこに住んでおられる神仙にお会いすることもできません。
しかし、神仙を思う気持ちには、
いつまでも尽きることがないのです」
都に帰りたい、玄宗にお目にかかりたい、
という思いが、この詩の裏にある主題である。
「神仙」が皇帝、「孤峰」すなわち君山が都長安にあたる。
梁六は参内する時、潭州から長安に向かう途中、
岳州に立ち寄り張説と別れを惜しんだのであった。
2026年4月29日
昭和の日
4月29日は昭和天皇の誕生日で、
1948年から1988年までは「天皇誕生日」の祝日だった。
1989年、昭和天皇崩御後に、
植物に造詣の深かった昭和天皇にちなみ「みどりの日」となり、
その後祝日法の一部改正により2007年から「昭和の日」になった。
これに伴い「みどりの日」は5月4日に変更された。
ゴールデンウイークが始まった・・・、
5月1日を祝日する法案提案する政党があれば投票するぜぃ!!
そうなれば、4/29~5/5は必ず7連休なるから。
昨日の血液検査の結果
今回 前回 基準値
UA 4.2 4.9 3.6~ 7.0
BUN 19.2 18.5 8.0~ 22.0
CRE 0.98 1.05 0.61~ 1.04
eGFR 57.9 53.7 60.0~
血糖(随時) 168 164
HbA1c 6.5 5.9 4.6~ 6.2
HbA1cが悪化したのに、合点がいかない。
先生(同い年)からは
「体重はこのままをキープして、塩分を控え、
運動量を増やして85歳までお互い元気で頑張りましょう」
と励まされ、
8週間後の診察時に、
人間ドック(4/30)の結果を報告することになった。
10時から氷上八幡神社で、
令和8年度の奉賛会・世話人の総会がある。
令和4年~6年までは総代として出席していたが、
今年は協力会(神社行事を支援)の一員として出席する。
朝倉神社(神社コード:7005)の令和7年度決算書を作成したので、
[氷上]八幡神社(神社コード:7004)の
宮司(朝倉神社の責任総代)に届けて、
香川県神社庁(石清尾八幡神社境内)に提出してもらおう。