王 勃(おう ぼつ、650年? − 675年?)

  中国の唐代初期の詩人。字は子安。

  楊炯・盧照鄰・駱賓王とともに「初唐の四傑」と称せられる。

 

  南朝の遺風をのこしながら、

  盛唐の詩を予感させる新鮮自由な発想が王勃の作品には見られる。

  二十代の若さでなくなったこの詩人の絶唱として、

  交趾へ向かう途上に南昌都督が滕王閣で開いた宴会で作ったという

  「滕王閣序」とその詩(七言古詩)が特に有名である。

 

  交趾の令に左遷された父の王福畤を訪ねる途中、

  南海を航行する船から転落して溺死した。

 

     蜀中九日(しよくちゆうきうじつ)

 

 

  漢文

    九月九日望郷臺

    他席他鄕送客杯

    人情已厭南中苦

    鴻雁那從北地來

 

  書き下し文

    九月九日望郷台(ぼうきようだい)

    他席他鄕客(たせきたきようかく)を送るの杯

    人情已(すで)に厭(いと)う南中の苦

    鴻雁那(こうがんなん)ぞ北地より来たる

    

  現代語訳

    九月九日、望郷台に登る

 

    この、よその地での重陽(ちょうよう)の宴会に、

     今日は友人の送別会が重なり、杯が飛びかう。

 

    私はもう、あきあきしたのだ、

     この蜀でのつまらない暮らしに。

 

    それなのになぜ、雁はわざわざ北から

     この地にやってくるのだろう。

 

 

  鑑賞

    この詩は、重陽の節句に、

    望郷の念にかられて作ったもの。

 

    沛王の修撰を首になったのち、

    勃は蜀(四川省)に旅した。

 

    その地で友人の盧照鄰(ろしょうりん)・邵大震(しょうだいしん)

    と共に重陽の節句を迎え、酒をくみかわしたのであった。

 

    旅立つ「客」は邵大震だったらしい。

 

    第一句の「九月九日」、第二句の「他席他鄕」、

    どちらも「九」と「他」を畳みかけ、

    言葉のあやを実にうまく使っている。

 

    後半の二句も、「北地」を思う自分の心境を、

    北に帰る鳥に託するのではなしに、

    逆に北からやって来る鳥に対して

     「どうして、こんないやな南へ…………」と

    問うところに機知の冴えがあり、

    作者の望郷の念が強く迫ってくるのである。

 

 

2026年3月27日

さくらの日

  日本さくらの会が1992年に制定。

  3×9(さくら)=27の語呂合せと、

  七十二候のひとつ

    「桜始開(さくらはじめてひらく)」

  が重なる時期であることから。

 

    七十二候(しちじゅうにこう)

      古代中国で考案された季節を表す方式のひとつ。

      二十四節気をさらに約5日ずつの3つに分けた期間のこと。

 

      啓蟄

      (3/5)

          初候  雀が巣を構え始める

      春分  次候  桜の花が咲き始める

      (3/20) 末候  遠くで雷の音がし始める

      清明

      (4/5)

 

午前中は散歩。

 

午後はS医院へリハビリに!