陶 淵明(とう えんめい、365年 - 427年)

  中国の魏晋南北朝時代の詩人。諱は

  尋陽郡柴桑県(現在の江西省九江市柴桑区)の人。

  郷里の田園に隠遁後、自ら農作業に従事しつつ、

  日常生活に即した詩文を多く残し、

  後世には「隠逸詩人」「田園詩人」と呼ばれる。

 

    讀山海經 [山海経(せんがいきよう)を読む)

 

 

  漢文

    孟夏草木長

    繞屋樹扶疏

    衆鳥欣有託

    吾亦愛吾廬

    既耕亦已種

    時還讀我書

    窮巷隔深轍

    頗囘故人車

    歡言酌春酒

    摘我園中蔬

    微雨從東夾

    好風與之俱

    汎覽周王傳

    流觀山海圖

    俯仰終宇宙

    不樂復何如

 

  書き下し文

    孟夏(もうか)草木(そうもく)(ちよ)

    屋(おく)を繞(めぐ)りて樹扶疏(きふそ)たり

 

    衆鳥(しゆうちよう)(たく)する有るを欣(よろこ)

    吾(われ)も亦吾(またわ)が廬(いおり)を愛す

 

    既に耕して亦已(またすで)に種(う)

    時に還(ま)た我が書を読む

 

    窮巷(きゆうこう)深轍(しんてつ)より隔(へだ)たり

    頗(すこぶ)る故人の車を回(めぐ)らす

 

    歓言(かんげん)して春酒(しゆんしゆ)を酌(く)

    我が園中(えんちゆう)の蔬(そ)を摘む

 

    微雨(びう)東より来たり

    好風(こうふう)(これ)と俱(とも)なう

 

    汎(あまね)く周王(しゆうおう)の伝(でん)を覧(み)

    流(あまね)く山海(さんかい)の図を観(み)

    俯仰(ふぎよう)して宇宙(うちゆう)を終(お)

 

    楽(たの)しからずして復(また)如何(いかん)ぞや

 

  現代語訳

    初夏のころ、草や木は生長し、

     家の周りの木々も、枝がのび葉がふさふさと茂った。

 

    鳥どもは身をよせる塒(ねぐら)ができたのを喜び、

     私は私で、この自分の廬が気に入って楽しく暮らしている。

 

    畑を耕したり、植えたり、

     時にはわが愛蔵の書『山海経』を読むのである。

 

    奥まった狭い路地裏は重いわだちとは無縁、

     ただ友人の車だけが、よく訪ねて来てくれる。

 

    友人と談笑し、春にかもした酒を共にくみかわし、

     畑の野菜を摘んで、酒の肴にする。

 

    折しも東の方から小雨が降ってきて、

     気持ちのよい風もそよいで来る。

 

    周の穆王(ぼくおう)の物語を拾い読みしたり、

     山海の草木や鳥獣の図をあちこちながめたりしてると、

      またたくまに、無限の空間と時間を一巡りする。

 

    これが楽しくてどうしようぞ。

 

  鑑賞

    この詩は隠居暮らしの良さ、

    真髄といったものを具体的な描写でもって示している。

 

    季節は初夏。

    

    草や木々はその緑の葉をふさふさと茂らせている、

    この葉は真夏の濃い緑ではなく、新緑の柔らかい緑。

    

    これまでは枝がすけて見えたが、

    ようやく枝が茂ってこんもりしてきた。

 

    それで、鳥たちも、身を託すことができ、喜んでいる。

 

    わが輩もわが家が大好きじゃ、と、

    ここに、自然に溶け入った真の隠居生活の喜びがある。

 

    中間の八句は、

    晴耕雨読(せいこううどく)の生活をうたうが、

    酒のさかなに畑の青いものを摘むところ、

    気持ちよい風が小雨をはこんでくるところは、

    何気ない描写だが、いかにもしみじみしている。

 

    気に入った書物を読む態度も、陶潜らしい。

    好きなところをパラパラめくっては、

    想像の世界に心を遊ばせる。

 

2026年3月7日

午前中は散歩。

南の多田善最神社の参拝の山道コースにする。

この辺りは源氏が平家の落人を追って来て、

多田善最はその大将とされる。

 

昨日の公淵池には次のような伝説が伝わっている。

 

 

 

昨日、願勝寺の春永代経法要(2月20日)の案内が届いた。

 

私が集落7軒の世話役になので、

午後は

  永代経法要御懇志

  おロウソク料御懇志

を集めに行くつもりだ!