セルビア共和国
通称セルビアは、東南ヨーロッパ、
バルカン半島中西部の内陸に位置する共和制国家。
首都はベオグラード。
北にハンガリー、北東にルーマニア、南東にブルガリア、
西にボスニア・ヘルツェゴビナ、南にコソボ、北マケドニア、
南西にモンテネグロと国境を接している。
また、同国のヴォイヴォディナ自治州部は西にクロアチアが接している。
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文化遺産
スタリ・ラスとソポチャニ - (1979年)
スタリ・ラスは、
「古いラス」の意味で、10世紀から13世紀の間、
ラシュカ地方の主都だった都市の遺跡である。
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スタリ・ラス
ソポチャニ修道院は、
1260年頃に建てられたセルビア正教会の修道院である。
セルビア王ステファン・ウロシュ1世の命で建造された修道院で、
特に付属聖堂の至聖三者聖堂に残るフレスコ画作品『生神女の就寝』は、
作者は不明であるが、
セルビアに残るフレスコ画の中では最も美しいものと評されており、
13世紀のビザンティン美術の中でも特に優れたものの一つともされる。
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ソポチャニ修道院
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生神女の就寝
ストゥデニツァ修道院 - (1986年)
セルビア中央部、クラリェヴォの
南西39 km に位置するセルビア正教会の修道院で、
セルビア正教会の修道院としては最大級のものである。
修道院は城壁で囲まれ、生神女聖堂と「王の聖堂」という、
ともに白い大理石でできた二つの付属聖堂を擁している。
この修道院は何よりも13世紀から14世紀にかけての
ビザンティン美術の精華と見なしうる
美しいフレスコ画群の存在で知られている。
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「王の聖堂」に描かれた、
「王の聖堂」の模型を持つミルティン王
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生神女聖堂のフレスコ画の一つ「ハリストスの磔刑」
コソボの中世建造物群 - (2004年、2006年拡大)
セルビア正教会の4つの教会堂や修道院が登録されている。
それらは、パレオロゴス朝ルネサンス様式の
美しい建造物であるとともに、
中世の優れたフレスコ画が保存されていることなどが評価された。
デチャニ修道院
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ヂチャニ修道院内にあるフレスコ画イコン。
十字架を担ぐハリストス(キリスト)。
ペーチ総主教修道院
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ーチ総主教修道院の外観
修道院のフレスコ画イコン。
上部の半円部分内には生神女就寝祭のイコンが描かれている。
リェヴィシャの生神女教会
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リェヴィシャの生神女教会
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リェヴィシャの生神女教会にある
イイスス・ハリストスのフレスコ画イコン
グラチャニツァ修道院
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ガレリウスの宮殿ガムジグラード=ロムリアーナ - (2007年)
ガムジグラードの近くには、
古代ローマ皇帝ガレリウスが生まれた場所であり、
死後埋葬された場所でもある城塞、
ロムリアーナ(フェリクス・ロムリアーナ)の遺跡が残っている。
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フェリクス・ロムリアーナ
中世墓碑ステチュツィの墓所群(ほか3か国と共有)- (2016年)
ボスニア・ヘルツェゴビナや
中世にボスニア王国の領域であったクロアチア、モンテネグロ、
セルビアとボスニア・ヘルツェゴビナの国境付近に
散在する巨大な中世の墓碑である。
現代のボスニア・ヘルツェゴビナ国内ではおよそ6万が、
クロアチアやセルビア、モンテネグロでは
1万のステチュツィが発見されている。
セルビアのペルチャツ近くにある
ステチャク・ネクロポリス
2026年3月3日
昨日の散歩は山道を6.8km、9700歩だった。
グランピアを目指し急な上り坂(800m)を一気に25分間で!
この調子なら登山もなんとか行けそうである。
MIKI里山グランピア
春夏秋冬の4箇所で泊まれるようで、
桜が咲く頃にまた来よう!!
グランピアは長野の弟の同級生S君のほったて小屋から撮影!!
午前中はS病院のリハビリに!
ついでに右足アキレス腱断裂の手術(2月27日)をして、
入院中のA君を見舞うつもりである。



