班婕妤(はん しょうよ、紀元前48年 - 2年)
中国前漢の成帝の倢伃(側室)。
『百美新詠図伝』では、
歴朝で最も名高い美人百人に選ばれている。
また、中国四大美人と認知されることもある。
やがて帝の愛は趙飛燕(ちょうひえん)とその妹に移っていく。
趙飛燕姉妹が嫉妬深く驕慢(きょうまん)であることを知った彼女は、
自分から帝に請うて、
皇太后づきとなり、長信宮(ちょうしんきゅう)にさがった。
怨歌行(えんかこう)
漢文
新裂齊紈素
皎潔如霜雪
裁爲合歡扇
團團似明月
出入君懐袖
動搖微風發
常恐秋節至
涼風奪炎熱
棄捐篋笥中
恩情中道絶
書き下し文
新に斉(せい)の紈素(がんそ)を裂けば
皎潔(こうけつ)にして霜雪(そうせつ)の如し
裁(た)ちて合歓扇(ごうかんせん)と為せば
団団(だんだん)として明月(めいげつ)に似たり
君の懐袖(かいしゅう)に出入(しゅつにゅう)し
動揺して微風発す
常に恐る秋節(しゅうせつ)至り
涼風炎熱(えんねつ)を奪い
篋笥(きょうし)の中(うち)に棄捐(きえん)せられ
温情中道にて絶えんことを
現代語訳
新しく練り絹を下ろしますと、
やはり世に聞こえた斉の国の生地
その白さ、清らかさといったら、
まるで霜か雪かと思われました。
型紙に合わせて裁ち、
両側張りの合わせ団扇(うちわ)としますと、
まんまるな面(おもて)は満月のように輝きます。
暑い夏にはあなたの懐や袖に入って
どこにでもお供しました。
そして時折、ユラユラゆれて、
いい風を呼びました。
でも、夏が過ぎて秋がきたら…………
と考えると私はたまらなくなるのです。
涼しい風が燃えるような熱気を追い払ってしまい、
やがて団扇もたんすの中にうち捨てられて、
顧みられなくなりましょう。
せっかくのあなたの恩愛も、
中途で冷えてしまうのではないかしら。
鑑賞
一・二句は団扇の素材がすばらしいこと、
つまり班婕妤の美しさが天性のものであることをいう。
仕立てられた団扇の見事さを描く三・四句は、
彼女の美しさに磨きがかかったことを示す。
五・六句は、
成帝のおそばで寵愛をほしいままにしたことを示す。
それ以後の句は、成帝の愛が趙飛燕姉妹に移り、
やがては棄てられるであろう自らの運命に対する
恐れを述べている。
2026年2月14日
昨日午後、S病院から退院した。
1月18日(日) 夜(21時過ぎ)
転倒 左肩に異常発生
1月19日(月) 朝(8時半) 三木町 K医院 受診
左上腕部骨折と診断される。
手術要だが1月先になるというので、
高松市のS病院を紹介してもらう。
1月20日(火) 朝(8時半) S病院へ
そのまま入院する。
1月23日(金) 午後
左上腕骨骨幹部骨折 の手術実施
1月24日(土)
リハビリ開始
2月4日(水) 午後
抜糸
2月13日(金)午後
退院
2月17日(火) 午前
診察とリハビリ
25日間の入院生活は大変だったが、良かったこともある。
糖尿病食で1日1800㌍だったため、
75kgーー>72kgと3kgのダイエットになった。
また食生活改善の講習も受けられたので、
今朝から実践するつもりだ。


