理想的な住まい、

 移動式の「方丈庵」を造る

 

 

  意訳

     出家してから、新たな家を造りました。

    それは、自分が、

    かつて鴨川の近くに建てた家と比べたら、

    百分の一にもなりません。

 

     家の広さは一丈四方(五畳半)ですから、

    方丈庵とでもいいましょうか。

    高さも七尺(約二・二メートル)ぐらいです。

 

     しかも、「ずっと、ここに住もう」と、

    場所を決めて建てたのではありません。

    「ここは気に入らない」と感じたら、

    いつでも分解して、

    他の場所へ運べるように工夫しています。

 

     建て直すのに、手間はかかりません。

    わずか車二台に建築資材を乗せて運ぶだけです。

    車を押してくれる人への謝礼以外には、

    全く費用がかからないのです。

    こんな家は、世の中に例がないでしょう。

 

 

****** かいせつ  **************

 

 失踪した長明は、何をしていたのでしょうか。

大原で出会った友人は、

「かつての面影がないほど、やせ衰えていた」

と書き残しています。

 

 それほど憔悴し切っていた長明が、

プレハブ住宅のような方丈庵を発明し、

生き生き暮らし始めます。

 

 転機は、何だったのでしょうか。

それは、法然上人に巡り会い、

阿弥陀仏の本願をお聞きしたことです。

儚い世を嘆いて隠遁生活やアキラメの人生を

送るのが「出家」ではありません。

人生の目的に向かって、前向きに、

力強く生きる力を与えるのが仏の教えなのです。

 

 当時、京都には、念仏の声があふれていました。

阿弥陀仏の本願を聞き求める人が、

急速に増えていったのです。

 

 しかし、長明が五十三歳頃に、

突然、「念仏禁止令」が出され、

法然上人の吉水草庵は閉鎖。

死罪、流罪となった弟子も多く、

厳しい弾圧の嵐が吹き荒れたのです。

長明は、法然上人の弟子・日野長親(ひのながちか)

守られるように、方丈庵を荷車に積んで、

日野家の領地へ向かいました。

 

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2025年9月9日

昨日、息子がツツジ、ツゲの剪定をしてくれた。

随分スッキリした。謝謝!!

 

昨日の朝から右目が少し腫れている。

実は深夜、

何かに刺されたような痛みがあって、

目が覚めた。

その時は発見できなかったが、

昨夜寝る前に再度ベットの周辺を確認すると、

小さなムカデの死骸を見つけた。

 

やっぱりムカデに刺されていたようだ。

(以前も寝室にムカデがいたことが・・・、

  やはり夏の暑い時期だった・・・・

  どこから入ってくるのかは不明・・・)

 

今朝は腫れが少し大きくなっている。

目が細くなっているため・・・?か、

下方の視野が少しかけているような気がする。

 

数年前に体験した網膜剥離と似た症状なので、

念のため朝一番に眼科へ行くつもりである。

(先生からもう少し遅かったら、

  失明してたと脅かされたことを思い出す)

 

午前中のヨーガ教室は眼科診察の結果次第で・・・!