私は水玉一つで立ち向かってやる。
これに一切を賭けて、
歴史に反旗をひるがえすつもりでいた。
草間彌生
日本の芸術家。長野県松本市出身。
京都市立美術工芸学校
(旧・京都市立銅駝美術工芸高等学校)絵画科卒業。
幼い頃から悩まされていた幻覚や幻聴から逃れるために、
それらの幻覚・幻聴を絵にし始めた。
1957年(昭和32年)に渡米。
シアトルでアメリカ初の個展を行った後、
1958年ニューヨークに移る。
1959年、
ポスト抽象表現主義作家が集まったことで知られる
マンハッタン10丁目のブラタ・ギャラリーで個展を行ない、
「無限の網」(インフィニティ・ネット英語: Infinity Net)」等、
5メートル近くになる大型絵画を5点発表する。
これらは網の目に見えることから80年代末以降
「ネット・ペインティング」と呼ばれるようになる。
この作品はドナルド・ジャッドやドア・アシュトンらに注目され、
草間はニューヨークでの活動の基盤を固めた。
1968年(昭和43年)、
自作自演の映画『草間の自己消滅』が
第4回ベルギー国際短編映画祭に入賞、
第2回アン・アーバー映画祭(英語版)で銀賞受賞。
また、第2回メリーランド映画祭でも受賞。
1973年(昭和48年)、
親友でパートナーのジョゼフ・コーネルが死去すると、
草間は体調を崩し日本へ帰国、入院した。
これ以降、東京を活動拠点とする。
1978年(昭和53年)に初の小説
『マンハッタン自殺未遂常習犯』を発表し、
小説家としての活動を始める。
1983年(昭和58年)には小説『クリストファー男娼窟』で
第10回野性時代新人文学賞を受賞した。
小説もその芸術創作と主題がリンクしており、
少女時代の幻視体験をモチーフにしたものもある。
2009年には正方形の絵画群である
「わが永遠の魂」シリーズの作成を始める。
2016年、
『タイム』誌の世界で最も影響力がある100人に選ばれた。
草間彌生のいくつかの作品は、
水玉模様や網模様などの同一のモチーフの反復によって
絵画の画面や彫刻の表面を覆うことが特徴の一つである。
瀬戸内芸術祭(2019年)
2024年1月4日
体重増量の正月三が日になった。
体重は毎日朝食事後に測定しており、
1日76.8kg、2日76.9kg、3日78.1kgである。
昨日から1日1万歩(ウオークマシーン・エアロバイク)を再開した。
妻が2月6日に大連から5ヶ月ぶりに帰国するまでに、
-2kgのダイエットを・・・・・!
(妻からは75kg台と言われている)
まぁ、今年も76kg~78kgの
高値安定のパターンを繰り返すことになるのだろう!!
8時から氷上八幡神社の後片付けがある。
雨が降ったようなので、
テント・幟の仕舞いが出来れば良いのだが・・・?
(濡れていたら延期せざるを得ない)
