地獄無し 極楽無し 我もなし

  ただあるものは人と万物

 

  山片蟠桃

    江戸時代後期の商人であり学者。播磨国生まれ。

    名前は、升屋の番頭をしていたことから

    もじったもので幼名は惣五郎、

    晩年には長谷川芳秀と名乗る、通称升屋小右衛門。

 

    播磨国印南郡神爪村(現兵庫県高砂市)の農家に生まれる。

    生家は豊かな在郷商人でもあった。

    13歳のとき大阪の伯父の養子となる。

 

    幼時から大阪の両替商である升屋に仕え、

    明和8年(1771年)に24歳の若さで番頭となり、

    傾いていた経営を軌道に乗せ、桝屋を繁盛させた。

 

    財政破綻した仙台藩に建議し、

    差し米

    (米俵内の米の品質チェックのために

     米を部分的に抜き取ること)

    をそのまま集めて利用し、無駄を浮かせて節約し、

    藩札を発行するなどした。

 

    藩札を発行した代わりに、

    従来の金貨の金を差し米の節約で捻出した資金で大阪に輸送し、

    それを利殖に回して巨額の利益を上げた。

 

    仙台藩の財政はこれによって再建され、

    彼は大名貸しの金を回収することができたと言う。

 

    文政2年(1819年)には

    二度目となる幕府からの表彰を受ける。

 

    その功績を讃え、升屋では彼に山片姓を与え、

    親類並みに遇した。

 

    その一方で学問に励み、

    晩年には失明という障害を乗り越え、

    五十半ばから著作にとりかかった

    主著『夢の代』を死の前年に完成させた。

 

    思想

      大阪町人・大阪商人の学塾である

      懐徳堂で中井竹山・履軒兄弟に朱子学を、

      先事館で麻田剛立に天文を学ぶ。

 

      極めて唯物論的な立場を取り、

      天文、宗教、経済、歴史等を

      百科全書的に論じた『夢の代』は、

      無鬼論(無神論)の主張、地動説の支持、

      応神天皇以前の日本書紀の真実性の否定など

      先進的な持論を展開した点が特筆される。

 

      具体的には、『夢ノ代』の冒頭である

      「天文編」で地動説と太陽系を紹介し、

      太陽系と同じものが宇宙に無数にあることや

      万有引力説を説いている。

 

      土星の絵に環を画き、国学者の宇宙図を冷笑し、

      「神代編」では、記・紀を批判し、日本神国論も否定し、

      国生みは夫婦であるイザナキ・イザナミ二神の

      生殖行為を示すものとの見解を述べている。

 

      また五行説

      (万物が木火土金水の五つの気から成るという説)

      を儒学者の妄説とし、

      天災もその実は人災であると鋭く批判している。

 

掲出の言葉は著書『夢ノ代』に記されたもので、

この言葉からもわかるように

蟠桃は合理主義の持ち主であることがわかる。

 

米1俵から手に入るサシ米はわずかだが、

江戸へ贈る米は莫大であったため、

このサシ米だけで升屋は年間6000両稼いだといわれる。

 

 

2023年5月14日

朝6時から氷上八幡神社の境内の清掃に行ってきた。

 

今は雨も止んでいるので、午前中は散歩に!