笈も太刀も五月にかざれ紙幟
鑑賞: 季語は「幟(のぼり)」で夏。
端午の節句に立てる布や紙製の幟である。
現在では鯉のぼりが圧倒的に優位にあるが、
芭蕉の頃には逆だった。
あるいは、鯉のぼりはまだ無かったかもしれない。
いかにも五月らしい威勢の良い句だ。
『おくのほそ道』の旅で、
現在の福島県瀬上町に佐藤庄司
(藤原秀衛の臣で、息子二人は義經に殉じた)
の旧跡を訪ねた折りの作。
かたわらの医王寺に
「入りて茶を乞へば、
爰に義經の太刀辨慶が笈をとゞめて什物とす」
とある。
すなわち、折りしも五月なのだから、
紙のぼりといっしょに弁慶の笈(おい)も
義經の太刀も節句の飾り物にせよと言ったわけだ。
しかも、この日は偶然にも
「五月朔日のことなり」ということで、
ますます威勢がよろしい。
昔の読者はみな「ううむ」と感心したのだったが、
後に曾良の随行メモが発見されて、
これらがフィクションであることが明らかになる。
芭蕉は義經の太刀も辨慶の笈も実際には見ていないし、
日付も五月一日ではなくて二日だった。
このようなフィクションは『おくのほそ道』には他にもあり、
ノンフィクションとしては信用できない書き物ではあるけれど、
しかし私は、
自作を生かすためのこの程度のフィクションは気にしない。
もっと大ボラを吹いて楽しませてほしいくらいだ。
でも、二日の出来事を「一日」のことだと
わざわざ特記するところあたりで、
芭蕉はちょっと気がさしたかもしれないなあ。
同時代の井原西鶴ほどには、
押しが強くなかった人のようだ。
蛇足ながら、
正岡子規は鯉のぼりが嫌いだったらしい。
「定紋を染め鍾馗を画きたる幟は
吾等のかすかなる記憶に残りて、
今は最も俗なる鯉幟のみ風の空に翻りぬ」
と慨嘆している。
(清水哲男)
最近は鯉幟も見なくなった。
少子化だけが原因ではないだろう!
私は鯉幟を立ててる家が羨ましかったものだが、
今は親も子も鯉幟にそれほどこだわりが無いのかも・・・?
初孫を祝ってやりたいが高額なので爺には無理、ごめんねぇ!!
2023年5月5日
端午(たんご)は、五節句の一つ。
端午の節句(たんごのせっく)、
菖蒲の節句(しょうぶのせっく)とも呼ばれる。
日本では端午の節句に男子の健やかな成長を祈願し
各種の行事を行う風習があり、
現在ではグレゴリオ暦(新暦)の5月5日に行われ、
国民の祝日「こどもの日」になっている。
国民の祝日に関する法律
祝日法、昭和23年7月20日法律第178号)では
「こどもの人格を重んじ、
こどもの幸福をはかるとともに、
母に感謝する」
ことを趣旨としている。
ここで、ささやかな疑問
「父には感謝しないのかい・・・?」
私にとっての初孫で、
静岡在住の長男の第一子(男)の
衣伽(エカ)ちゃんの初節句である。
昨年10月に静岡に会いにいった時は、
生後二ヶ月でまだ首も据わっていなかったのだが・・・、
2023.4.18(生後245日)発節句
八ヶ月を過ぎて、少しだがハイハイも出来るように・・・・!!
「這えば立て 立てば歩めの 爺心」
今日は氷上八幡神社の春市で一日忙しい。
8:00から清掃、幟立て、堂幕張り、舞台組み立てなど。
10:30から神事。
12:30から奉賛行事の準備。
奉賛行事13:00開始
(1)芸能奉納
田中太鼓(田中小学校生徒及び満天指導者による)
氷上獅子舞クラブ(氷上小学校生徒および保存会による)
和太鼓(和太鼓集団 満天による)
(2)クイズ・ゲーム
・神社クイズ
・型抜き
・穴入れボール
15:00から撤収作業
曇り空だが、雨は大丈夫なようである。
