秋晴や薮のきれ目の渡船場
鑑賞: 野風呂(のぶろ)とはまた古風な俳号だが、
1971年に亡くなっているから現代作家だ。
京都の人。
薮の小道を通っていくと、
真っ青な空の下にある小さな渡船場が眼前に開けた。
そこに、客待ちの舟が一艘浮かんでいる。
「やれ嬉しや」の安堵の目に、
何もかもがくっきりとした輪郭を持つ風景が鮮やかだ。
読者もまた、作者とともにこの風景を楽しむのである。
川を横切る交通手段に舟を用いたのは、
掲句からもうかがえるように、
古い時代ばかりじゃない。
たとえば、東京の青梅線は
福生駅から草花丘陵に行くには、
多摩川にかかる永田橋という橋を渡るが、
土地の人はいまでも「渡船場」と言う。
私が草花に移住した1952年(昭和27年)には、
既に木造の永田橋はかかっていたけれど、
やっつけ仕事で作ったような橋の姿からして、
戦後もしばらくは舟で渡っていたようだった。
草花では「とせんば」と言うが、
掲句では「とせんじょう」だろう。
虚子門の俳人が、
極端な字足らず句を詠むはずもないので……。
ところで「秋晴」や「冬晴」はあっても、
「春晴」や「夏晴」はない。
澄み切った大気のなかの上天気が「晴」なのである。
「日本晴」は秋だけだろう。
この句をみつけた『大歳時記・第二巻』(1989・集英社)
の解説(辻恵美子)によれば、
江戸期に「秋晴」の句はないそうだ。
かわるものとして「秋の空」「秋日和」があり、
「秋晴」の季題は子規にはじまるという。
「秋晴るゝ松の梢や鷺白し」(正岡子規)。
覚えておくと、
たとえ作者の俳号が古風でも、
「秋晴」とあれば近現代の句だとわかる。
(清水哲男)
秋晴とはこんな空のことを言うのだろう!(10月1日朝)
2022年10月2日
昨夜は氷上八幡神社の宵祭りだった。
神事は19時からだったので、
暴れ獅子(長生)
平獅子(長楽寺)
平獅子(嶽・青岸)
暴れ獅子(寺の前)
暴れ獅子(丸岡)
暴れ獅子(川原)
後一つ暴れ獅子(東石塚)は
19時からの手水のため撮影できなかった。
獅子舞には2種類あって
平獅子2連と暴獅子(牡丹崩し)5連が華麗に舞った。
2連の平獅子の長老から、
「吉谷の獅子は上手かったなぁ」
声をかけられたのが嬉しかった。
♩コンコン チキチキ コンチキチッキン・・・♩
このリズムと聴くと自然と体が疼くが、
獅子舞は10人以上が必要なので復活は無理である。
今日は8時から氷上八幡神社で、
神輿の飾り付けをする。
その後10:00~17:30で神事が行われる。
①本殿祭
②渡御祭
③御霊遷し式
④渡御(発神輿)
⑤神幸祭
⑥還御
⑦還幸本殿鎮座祭






