信号をまつまのけんか柿若葉

  鑑賞: 季語は「柿若葉」で夏。
      着眼点の良い句だ。
 
      まずは、シチュエーションが可笑しい。
      そのへんに柿の木があるくらいだから、
      そう大きくはない横断歩道だろう。
      信号を待つ人の数もまばらだ。
 
      そこへ「けんか」をしながら
      歩いてきた二人がさしかかり、
      赤信号なので足は止まったのだが、
      口喧嘩は止まらない。
      お互いに真っ赤な顔で言い争いつつも、
      ちらちらと信号に目をやったりしている。
      激した感情は前へ前へと突っ走っているのに、
      身体は逆に足止めをくっているのだ。
 
      その心と身体の矛盾した様子は、
      傍らにいる作者のような第三者からすると、
      とても滑稽に見えたにちがいない。
      しかも、周辺には柿の木があり、
      若葉が陽光を受けて美しく輝いている。
 

      こんなに美しくて平和な雰囲気のなかで、

      なにも選りに選って

      喧嘩をしなくてもよさそうなものを……。

      と、第三者ならば誰しも思うのだが、

      しかし当人たちにはそうはいかないところが、

      人間の面白さだと言うべきか。

 

      二人の目に信号は入っても、

      柿の木には気がついてもいなさそうである。

      口喧嘩を周囲の人たちに聞かれていることにすら

      頓着していないのだから、

      風景なんぞはまったくの関心外にあるのだ。

 

      すなわち私たちは、

      平常心にあるときは美しい自然に

      心を溶け込ませられるが、

      激したり鬱屈したりしていると、

      それはとうてい望めない存在であるということなのだろう。

      哀れな話だが、仕方がない。

        『炎環・新季語選』(2003)所載。

          (清水哲男)

 

年齢は?二人の関係は?声の大きさは?喧嘩の内容は?

・・・と、場面を想像してみる。

 

私は老夫婦を想像する。

声も大きくなく、たわいも無いことが原因で、

奥さんの方がブツブツ言うのを、

旦那が言い訳を・・・

どこかで見たような風景である!!

 

2022年5月24日

午前中はヨーガ教室。

 

来月22日のゴルフコンペに申し込んでいる。

実に3年半ぶりの参加になる。

このコンペは大抵第三水曜日に開催されている。

2019年と20年は

四国88カ所バスツワーと重なったため参加できず、

2021年はコロナ感染予防のため欠席した。

 

今年も3回目の四国88カ所バスツワーに参加しており、

6月は15日なので参加可能になったのだ。

 

毎週金曜日の午前中をゴルフの練習日にしているが、

コンペまで火曜日午後もゴルフの練習に!

 

なんとか夢の100を切って、

みんなを驚かせたい・・・通常は108~119!!

 

88カ所巡りは残り45カ寺となっている。

来月は14カ寺なので28枚の写経が必要である。

写経も1枚。