南無秋の彼岸の入日赤々と
鑑賞: 今日は秋分の日、「秋の彼岸の中日」。
俳句で、単に「彼岸」と言えば春のそれを指す。
作句の時には注意するようにと、
たいていの入門書には書いてある。
それかあらぬか、秋彼岸句には「彼岸」そのものに
深く思い入れた句は少ないようだ。
秋の彼岸は小道具的、背景的に扱われる例が多く、
たとえば来たるべき寒い季節の
兆を感じるというふうに……。
これにはむろん「暑さ寒さも彼岸まで」の
物理的な根拠もあるにはある。
が、大きな要因は、おそらく秋彼岸が農民や漁民の
繁忙期と重なっていたことに関係があるだろう。
忙しさの真っ盛りだが、墓参りなどの仏事に事寄せて、
誰はばかることなく小休止が取れる。
つまり、秋の彼岸にはちょっとした
お祭り気分になれるというわけで、
このときに彼岸は名分であり、
仕事を休むみずからや地域共同体の言いわけに近い。
勝手に休むと白い目で見られた時代の
生活の知恵である。
「旧家なり秋分の日の人出入り」(新田郊春)、
「蜑のこゑ山にありたる秋彼岸」(岸田稚魚)など。
「蜑」は「あま」で海人、漁師のこと。
どことなく、お祭り気分が漂っているではないか。
その点、掲句は彼岸と正対していて異色だ。
「南無」と、ごく自然に口をついて出ている。
赤々とした入日の沈むその彼岸に、
作者の心の内側で深々と頭を垂れている感じが、
無理なく伝わってくる。
物理的な自然のうつろいと心象的な彼岸への祈りとが、
見事に溶けあっている。
(清水哲男)
宮部 寸七翁(みやべ すなお、1887年 - 1926年)
1916年(大正5年)に結核を発病するが、この頃より句作をはじめ、
『ホトトギス』などに投句する。
師匠である高浜虚子は「かくの如く佳作の多い一家の集は、
きわめて稀に見るところである」と句集の序文で称賛している。
「血を吐けば現も夢も冴え返る」の句を残し生涯を閉じた。
今日は秋分の日だ。
同窓会などで墓参りに行っていない。
彼岸(ひがん)は雑節の一つで、春分・秋分を中日とし、
前後各3日を合わせた各7日間(1年で計14日間)である。
この期間に行う仏事を彼岸会(ひがんえ)と呼ぶ。
最初の日を「彼岸の入り」、
最後の日を「彼岸明け」(あるいは地方によっては「はしりくち」)と呼ぶ。
俗に、中日に先祖に感謝し、残る6日は、悟りの境地に達するのに
必要な6つの徳目「六波羅蜜」を1日に1つずつ修める日とされている。
南無阿弥陀仏 合掌!
2017年9月23日
秋分(しゅうぶん)は、二十四節気の第16。
秋分では昼夜の長さが等しくなる。
『暦便覧』では「陰陽の中分なれば也」と説明している。
秋分の日
秋分の日は、1948年(昭和23年)に公布・施行された
国民の祝日に関する法律(昭和23年法律第178号)によって制定された。
同法第2条によれば、
「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ。」
ことを趣旨としている。
昨日の母の食事介助ではやっぱり、
「清さん(実兄)が来てくれた、うれしいわぁ!」で始まった。
丁度同じように介助に来ていた息子さんは弟になっている。
年を取ると今の記憶が無くなり、
どんどん子供の頃の記憶だけになっていくようだ。
ミニパン3個・バナナ1本・野菜ジュース200ccを食べてくれた。
帰り際に誰な?と聞くと、
「しっとるでぇ!ミツユキでぇ」と息子にしてくれた。
「また来るけんのぉ」
「忙しいんやから、こんとてええでぇ!車に気を付けて・・・」
暇してるのやからもっともっと会いに行かなあかんなぁ!
午前中はゴルフの練習に。
午後は墓参りに行こう!