梅雨寒の昼風呂ながき夫人かな
鑑賞: いかにも意味ありげで思わせぶりな句だが、
フィクションだろう。
十九歳で「ホトトギス」雑詠欄の巻頭を占めた
草城には、女性を詠んだ作品が多い。
代表的なのは、昭和九年(1934)の
「をみなとはかゝるものかも春の闇」を含む
「ミヤコホテル」連作だ。
新婚初夜の花嫁をうたって、
当時の俳壇では大変な物議をかもしたというが、
これまたフィクションだった。
こうした作家の姿勢は、
たしかに古くさい俳句の世界に新風を
もたらしたろうが、他方では思いつきだけの
安易な句を量産させる結果ともなった。
この句も道具だてが揃い過ぎていて、
現代でいう不倫願望の匂いはあっても、底が浅い。
山本健吉に言わせれば
「才気にまかせて軽快な調子を愛し、
物の真髄を凝視する根気に欠けていた」
と、かなり手厳しいのである。
なお「梅雨寒」は「つゆさむ」と濁らずに読む。
(清水哲男)
日野 草城(ひの そうじょう、1901年(明治34年 - 1956年(昭和31年)
東京都出身の俳人。
「ホトトギス」で学んだ後、「旗艦」を創刊、
女性のエロスを主題とした句や無季俳句を作り、
昭和初期の新興俳句運動を主導。
1934年、『俳句研究』4月号に、
新婚初夜をモチーフとしたエロティックな
連作「ミヤコホテル」10句を発表。
この連作は京都東山に実在するミヤコホテルを舞台にしているが、
草城自身は新婚旅行などはしておらず
完全にフィクションの句であった。
しかしフィクションの句やエロティシズムの句への
理解が乏しかった当時は俳壇の内外に騒動を起こし、
「ミヤコホテル論争」と言われる論戦に発展した。
文壇にいた室生犀星は「俳句は老人文学ではない」
(『俳句研究』1935年2月号)という文章を発表し
「ミヤコホテル」が俳句の新しい局面を開いたとして
積極的に評価した。
梅雨入りしているがまだまだ朝晩は肌寒い。
「梅雨寒」を感じる昼間に長風呂に入っている夫人・・・・、
いいですねぇ!
私は室生犀星に賛成です。
ミヤコホテルの新婚初夜を詠んだ句10句・・・・どんなんかなぁ?
2017年6月13日
今夜サッカーのワールドカップアジア最終予選のイラク戦がある。
中東のアウエイでのサッカーは何があるか分からない!
現在、日本・サウジアラビア・豪州が勝ち点16でならんでいる。
(日本が1試合少ない)
イラク戦の後は豪州・サウジアラビアが残っている。
ここでイラクに勝てば勝ち点が18となり有利になる。
テレビでLIVEで観たいのですがねぇ・・・前半でリードしていたら、
明日はゴルフコンペがあるので22時には寝てるだろうなぁ!
午前中はゴルフの練習は100球の軽めで・・・。
午後はトマトの選定作業でダイエット!