川ばかり闇はながれて蛍かな

  鑑賞: 千代女は、元禄から安永へと18世紀の
       七十三年間を生きた俳人。
       加賀国松任(現・石川県石川郡松任町)の
       生まれだったので、通称を「加賀千代女」という。
       美人の誉れ高く、
       何人もの男がそのことを書き残している。

       若年時の「朝顔に釣瓶とられてもらひ水」の
       心優しさで世に知られ、しきりに喧伝もされた。
       二百余年後に生まれた私までもが、
       ついでに学校で教えられた。

       さて、句の川は何処の川かは知らねども、
       往時の普通の川端などは真の闇に
       包まれていたであろう。
       川面で乱舞する蛍の明滅が水の面をわずかに照らし、
       かすかなせせらぎの音もして、
       そのあたりは「川ばかり」という具合だ。

       このときに、しかし川の流れは、
       周辺の闇と同一の闇がそこだけ不思議に
       流れているとも思えてくる。
       闇のなかを流れる闇。
       現代詩人がこう書いたとすれば、
       それは想像上のイメージでしかないのだけれど、
       千代女の場合はまったき実感である。

       その実感を、このように表現しえた才能が凄い。
       繰り返し舌頭に転がしているだけで、
       句は私たちの心を江戸時代の闇の
       川辺に誘ってくれるかのようである。
       寂しくも豊饒な江戸期の真の闇が、
       現代人の複雑ながらも痩せ細った心の闇の内に、
       すうっと流れ込んでくるようである。
           (清水哲男)

我が家のすぐ西側の川は吉田川(二級河川)の上流に当たる。
子供の頃は水が流れており川面が蛍の明かりで照らされる光景もあった。
一時期ホタルを全く見かけなくなっっていたが、
近年は増えてきており、車で遠方から蛍狩りに訪れる人も多くなっている。
ただ、葦が生え茂り川面が見えないのが少し残念である。

2017年6月9日
昨日紫陽花を求めて公渕公園に行って来た。
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新聞に掲載されていた写真(上)の場所は特定できなかった。
まだまだ蕾で写真は撮れなかった。
来週末は妻と行ってみるつもりだ。

トマトの選定作業に行く道筋に亀鶴公園がある。
ショウブ祭り(6月11日の日曜はイベントも)が開催されている。
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こちらは今が見ごろである。
妻が帰ってくる来週末はどうだろうか?