盗人に春の寝姿見られけり

  鑑賞: 句の意味はそのままである。
       何ら高踏でも、
       むずかしいことを詠っているわけでもない。

       陽気がよくなった春の午後か宵、
       居間にごろりと横になってうとうとしていたのであろう。
       その無防備な寝姿を盗人に見られたというのだ。
       けれども盗人であれ誰であれ、
       本人は寝ていたわけだから、
       それが盗人だったのか他の誰かだったのか、
       あるいは通りかかった妻だったのか、
       本人にはわからないはずである。

       盗人だったとすれば、
       盗人が春の宵に人けがないようだから
       一仕事しようと外から覗いた。
       するとそこに、まだ明かりもつけずに
       男が寝ていたから慌てて立ち去った。
       そのことに気付いた奥さんに、
       起きてから呆れ顔で聞かされた。
       ーまあ、そんなことを勝手に
       想像させていただくのもよろしかろう。
       
       いや、まんざら勝手な想像でもなさそうだ。
       というのは、
       与謝野晶子がすかさず「盗人に宵寝の春を怨じけり」
       と詠んでいるからだ。
       寝姿を見られたあと、晶子にそのことを告げられ、
       地団駄踏んで怨みごとを吐き出したところで、
       あとのまつり。
       ものを盗まれたよりも無防備な
       「寝姿」を盗まれてしまった悔しさ。

       あるいは「寝姿」は晶子だったか。
       だとすると晶子の怨みごと。
       落語に出てくるような、
       間抜けな盗人だったかもしれない。
       男性であっても、
       少々色っぽい「春の寝姿」と「盗人」の
       取り合わせの妙味。
       三者三様それぞれに春風駘蕩といった観がある。

       句の裏に、どっしりと構えている晶子夫人の
       姿がどうしても見えてくる。
       両者の句をならべれば味わいがいっそう愉しくなる。
            (八木忠栄)

与謝野鉄幹(1873年~1935年)
  1891年徳山女子学校では国語の教師を4年間勤めるも、
  女子生徒(浅田信子)との間に問題を起こしてしまい、退職した。
  このとき女の子が生まれたが、その子は間もなく死亡している。
  次いで別の女子生徒、林滝野と同棲して一子与謝野萃(あつむ)を儲けた。
  
  1900年(明治33年)、『明星』を創刊した。
  北原白秋、吉井勇、石川啄木などを見出し、
  日本近代浪漫派の中心的な役割を果たした。
  しかし、当時無名の若手歌人であった鳳晶子(のち鉄幹夫人)との不倫が問題視される。
  晶子の類まれな才能を見ぬいたぬいた鉄幹は、
  晶子の歌集『みだれ髪』作成をプロデュースし、妻・滝野と離別、
  1901年(明治34年)晶子と再婚し六男六女の子宝に恵まれた。

どうやら鉄幹はイケメンだったようだ。
鉄幹も艶っぽかったのだろうが、
この寝姿はやはり晶子の方が似合っているように思う。
そして妻の寝姿を見られた夫の嫉妬では・・・・・?

2017年4月26日
庭の芝生の雑草が早くも目だって来ている。
今日は雨もようなので、土日で芝刈りをするつもりだ。
昨日のゴルフは半袖でもよいぐらいで暖かく、
同伴メンバーも同期入社とあって楽しく最高だった。
(結果はいつもの、警察署以上消防署未満だが)
それでもドライバーの調子が良かったので、
これでアプローチとパットが改善されれば100を切れる・・・と、
夢が繋がった。
今度のコンペの5月12日徳島コートベルCCに期待しよう!