春風や闘志いだきて丘に立つ
鑑賞: 大正二年、虚子が俳壇復帰に際して詠んだ有名な句。
そんなこととは知らずに、
十代の頃この句を読んで、中学生の作品かと思った。
あまりにも初々しいし、屈折感ゼロだからだ。
俳句の鑑賞では、よくこういうことが起きる。
句の作られた背景を知らないために起きるのだが、
しかし、その誤解の罪は作者が
負うべきなのであって、読者のせいではない。
テキストが全てだ。……という具合に
基本的には考えているのだが、
俳句であまりそれを言うと何か
杓子定規的で面白くないことも事実だ。
そのあたりの曖昧なところが、
俳句世界の特質かもしれない。
喜寿の虚子に、上掲の句を受けた作品もある。
「闘志尚存して春の風を見る」。
よほど若き日の闘志の句が気に入っていたと見える。
(清水哲男)
高浜虚子 (1874年(明治7年) - 1959年(昭和34年))
愛媛県温泉郡長町新町(現・松山市湊町)に
旧松山藩士・池内政忠の五男として生まれた。
子規の没した1902年(明治35年)、俳句の創作を辞め、
その後は小説の創作に没頭する。
子規の没後、五七五調に囚われない新傾向俳句を唱えた
碧梧桐に対して、虚子は1913年(大正2年)の俳壇復帰の理由として、
俳句は伝統的な五七五調で詠まれるべきであると唱えた。
また、季語を重んじ平明で余韻があるべきだとし、
客観写生を旨とすることを主張し、
「守旧派」として碧梧桐と激しく対立した。
敬愛する子規は35歳(1902年(明治35年))で亡くなっている。
虚子が39歳ぐらいの時の句になる。
「自分がやらなければ誰がやる」
背景を知ってそんな思いを感じる。
2017年2月18日
雨水(うすい)は、二十四節気の第2。
空から降るものが雪から雨に変わり、雪が溶け始めるころ。
『暦便覧』には「陽気地上に発し、
雪氷とけて雨水となればなり」と記されている。
実際は積雪のピークであり、
それゆえ、この時節から寒さも峠を越え、
衰退し始めると見ることもできる。
春一番が吹き、鶯の鳴き声が聞こえ始める地域もある。
昨日関東地方でも春一番が吹いたようである。
春一番(はるいちばん)は、北日本(北海道・東北))と沖縄を
除く地域で例年2月から3月の半ば、立春から春分の間に、
その年に初めて吹く南寄り(東南東から西南西)の強い風。
春一番が吹いた日は気温が上昇し、翌日などは寒さが戻ることが多い。
これを「寒の戻り」と言う。
午前中はゴルフの練習に行こう。
前回は、2か月のブランクでスイングが全く出来ていなかった。
先日今年最初のゴルフコンペ(3/15)の案内が来たが、
自信が無いのと、「エッセイ・小説入門」と重なるので欠席にした。
今日もリハビリを兼ねて150球・・・スイングをチェックしよう!