福過ぎて禍い生ず
   (ふくすぎてわざわいしょうず)

  意味: 身に過ぎた幸福はかえって禍いのもとになる。
       分を知って言動をつつしむべきである。

  由来: 宋書 劉敬宣伝 より

       『宋書』(そうじょ)は、中国南朝の宋について書かれた歴史書。
       宋・斉・梁に仕えた沈約が斉の武帝に命ぜられて編纂した。

そのまま読めば宋書の劉敬の宣伝文ということになる。
劉敬は中国前漢初代皇帝劉邦に仕えた政治家でである。
エピソード
  ●劉敬は劉邦に洛陽を都とした周と漢との違いを述べ、
    天然の要害である秦の故地長安を都にすべきと進言した。
    しかし群臣の多くは秦が短命に終わり、周が長く続いたことをもって洛陽を推した。
    劉邦は決めかねていたが張良が長安を推したために長安に決した。
    最初に長安を勧めた功により劉敬は劉姓を賜り、婁敬から名を改め劉敬とした。

  ●韓王信が匈奴と手を結んだことを聞き大いに怒り匈奴に使者を送った。
    匈奴は壮士や良馬は隠し、老弱な者ややせた家畜しか使者に見せなかったので、
    使者は皆大いに侮り劉邦に匈奴を攻撃するよう進言した。

    しかし同じく匈奴に使者としていった劉敬は「国同士が争うときは
    自国の良い所を相手に見せ誇るものです。
    しかし匈奴は老弱な者ややせた家畜しか見せない。これはわざと弱いところを見せて、
    伏兵によって勝利しようとしようとしてるのです。
    匈奴を攻撃するのはやめるべきです」と進言したが、
    この時すでに二十万余りの兵を発していた劉邦は進言を怒り劉敬を拘束してしまった。
    その後劉邦は平城にて匈奴の伏兵により囲まれ、
    陳平の奇策によってなんとか難を逃れると、劉敬の拘束を解き自分の非を認め、
    劉敬を関内侯とし二千戸の領地と建信侯の称号を与えた。

とある。
どうもこの故事とは合わないような気がするのだが・・・・・・。

「分を知って行動をつつしむ」・・・欲張らないで生きたいと思う。

2015年4月2日
国際こどもの本の日 
  アンデルセンの誕生日にちなみ、国際児童図書評議会 (IBBY) が1966年に制定。

ここ半年間、読書を休んでいる。
仕事が忙しい訳でもないが・・・・!

三木交流プラザにある町の図書館で借りて週一冊のペースで読んでいた。
一作家一作で、ア行から始めてどこまで行ってたかなぁ・・・?

これから私一人の時間がたっぷりありすぎるので、また読み始めよう。