一家に遊女もねたり萩と月
鑑賞
この一句、とかく虚構か真実かで論争が絶えない。
最後の一文に曾良が記録したといいながら曾良の『旅日記』に記述の全く無いこと、
西行の江口の遊女との和歌のやり取りの謡曲『江口』に真似て創作したものだとする、
などさまざまである。
「一家」の読み方も同じ宿の意と、孤立した人里離れた怪しげな一軒家と
「一家」の読み方も同じ宿の意と、孤立した人里離れた怪しげな一軒家と
する説など有って定まらない。
まあ、とおりいっぺんに読めばそれでよし、
深読みすれば奥深く読める豊かな句ということなのであろう。
背景
今日は、親不知・子不知・犬戻・駒返など北陸街道の難所を越え、
疲れ果てたので早々床に就いた。
ふすまを隔てた南側の部屋で、若い女二人ほどの話す声が聞こえる。
年老いた男の声も混じって、彼らが話すのを聞けば、女たちは越後の国新潟の遊女らしい。
伊勢神宮に参詣するために、この関所まで男が送ってきて、
それが明日新潟へ戻るので、持たせてやる手紙を認めたり、
とりとめもない言伝などをしているところらしい。
「白なみのよする汀に世をすぐすあまの子なれば宿もさだめず」と詠まれた定めなき契り、
前世の業因、そのなんと拙いものかと嘆き悲しんでいるのを、聞くともなく聞きながら
いつしか眠りについた。
翌朝出立する段になって、「行方の分からぬ旅路の辛さ。
あまりに心もとなく寂しいので、見え隠れにでもよろしゅうございます、
お供させていただけないものでしょうか。
大慈大悲のお坊様と見込んで、その袈裟衣にかけても慈悲の恵みと
仏の結縁を垂れ給え」と涙ながらに哀願する。
不憫とは思ったが、「私たちは諸所方々に滞在することが多いのです。
だから、あなた方は誰彼となく先を行く人々の後をついて行きなされ。
神仏の加護は必ずありますから」とつれなく言って別れた。
哀しみがいつまでも何時までも去らなかった。
曾良に話したら、これを記録した。
素直に鑑賞すれば、秋の物悲しさと遊女の身の上が重なって哀れに感じたのであろう!
なお、萩の花は秋の七草の一つである。
中秋のの名月にに萩・薄を月見団子と共に月に供える風習がある。
山上憶良の歌に
「萩の花 尾花(ススキ) 葛(クズ)花 瞿麦(ナデシコ)の花 女郎花(オミナエシ)
また藤袴(フジバカマ) 朝貌(キキョウ)の花(万葉集・巻八 1538)」
最後の萩と月が決まっている。
2014年12月7日
大雪
二十四節気の第21.
『暦便覧』では「雪いよいよ降り重ねる折からなれば也」と説明している。
今日は忙しい!
午前中は一人散歩。
午後は第一回 花舞の会(高松国際ホテル)で同級生が踊るのを見に行く。
夜は忘年会(高専の同級生)が座・和民である。
最後は控えないと・・・来週火曜日は徳島で忘年会(ゴルフ付き)もあるので・・・!