右近(38番)
    忘らるる 身をば思はず 誓ひてし
       人の命の 惜しくもあるかな
 
  ★現代語訳
       忘れ去られる私の身は何とも思わない。
       けれど、いつまでも愛すると神に誓ったあの人が、(神罰が下って)
       命を落とすことになるのが惜しまれてならないのです。
 
  ★作者
       右近(うこん。生没年不明)
       右近少将藤原季縄(すえなわ)の娘。10世紀前半の人で、
       醍醐天皇の中宮穏子(おんし)に仕えた女房です。
       「右近」はその女房名です。
       天徳4(960)年の内裏歌合などに出て活躍し、歌才を謳われました。
       恋も華やかで、「大和物語」には、藤原敦忠(あつただ)・
       師輔(もろすけ)・朝忠(あさただ)、源順(みなもとのしたごう)など
       との恋愛が描かれています。
 
 ★鑑賞
 
       「大和物語」の第84段には、「おなじ女(右近)、男の忘れじと、
       よろづのことをかけて誓ひけれど、忘れにけるのちに、言ひやりける」
       (男が「君のことは忘れない」とさまざまな誓いを立てたのに、
        女のことを忘れてしまった。その後に言い送った)
       とあり、次にこの歌が掲載されています。
       歌を送った相手は、藤原敦忠と推測されますが、
       「返しは、え聞かず」と記されています。
 
       「私のことはどうでもいいのですよ。しかし…」と自分を捨てる言い方を
       しながら、なおも「あなたのことが心配で」というところに強い執着心を
       読みとると、ちょっと陰にこもった情念が感じられます。
       一方、これを一種の皮肉ととって、「あたしのことはどうでもいいの! 
       でも「絶対忘れない」って神にまで誓ったあなたが神罰で死んでしまう
       のがとっても残念だわ!」なんていう風に読みとると、ちょっとイキの
       いい啖呵にも聞こえてきます。
 
歌を送られた敦忠(あつただ)さんが返歌しなかったのはわかります。
前者の解釈なら情念が怖いし、後者の啖呵ならプライドが傷つきます。
私は作者はどうも前者のような気がします。
男は初めはそういうところが可愛く思うのですが、だんだん煩わしくなってくるものです。
長続きしなかったのはそこに原因があったんじゃないでしょうかねぇ?
 
2014年6月16日
和菓子の日
   全国和菓子協会が1979年8昭和54年)に制定した記念日。
    
      平安中期の承和年間、国内に疫病が蔓延した。仁明天皇は年号を嘉祥と改め、
      その元年(848年)の6月16日に、16個の菓子や餅を神前に供えて、疾病よけと
      健康招福を祈ったとされる。
 
サッカーの敗戦は残念でした。
弱いから負けた・・・・合格点の選手は誰もいなかった。
点を取った本田も後半の中盤以降はバテバテで普通の選手に・・・!
 
グループ突破は難しくなったが、可能性はゼロではない。
ギリシャ戦に奮起をきたいしたい。