一を聞いて十を知る(いちをきいてじゅうをしる)
意味: 物事の一端を聞いただけで、全体を理解できる。賢明で察しのいいことのたとえ。
由来: 子謂子貢曰 汝與回也孰愈
對曰 賜也何敢望回
回也聞一以知十 賜也聞一以知二
子曰 弗如也 吾與汝弗如也
孔子が子貢に「お前と顔回では、どちらが優れているかな」と尋ねた。
子貢が、「どうして、回と比べることができるでしょう。
回は、一を聞いて十を知ることができますが、私はようやく二を知る程度です」と答えると、
孔子が言った。
「そう及ばないね、私もお前同様(回には)及ばないよ」と答えたということから。
英語: Half a word to a wise man is enough.
孔子には3500人の弟子がおり、特に「身の六芸に通じる者」として七十子がいた。
そのうち特に優れた高弟は孔門十哲と呼ばれ、その才能ごとに四科に分けられている。
すなわち、
徳行に顔回(がんかい)・閔子騫(びん しけん)・冉伯牛(ぜん はくぎゅう)・仲弓(ちゅうきゅう)、
言語に宰我(さい が)・子貢(しこう)、
政事に冉有(ぜん ゆう)・子路(しろ)、
文学(学問のこと)に子游(しゆう)・子夏(しか)
である。
顔回は孔子から後継者として見なされていた。
それだけに早世した時の孔子の落胆は激しく、
孔子は「ああ、天われをほろぼせり」と慨嘆した。
私などはさしずめ、
「十を聞いて一を知れば良しとすべし」とう言うところだろう。
2013年3月17日
今日は地元の朝倉神社(住吉神社)の地鎮祭がある。
私は今年1年三集落の代表氏子になっている。
地鎮祭は、
一般的にその土地の神に対して豊作と農作業の際の事故防止を祈願する。
春先は主に豊作と無事故祈願、
秋口に行われるのは豊作への感謝
(不作においては来年の豊作祈願)と無事故(事故が発生した年は来年の無事故祈願)
の感謝を捧げている。
午前中は玉ぐしを作ったり、お供え物の買い出しをしたりと忙しい。
式は午後だから正装して臨むつもりだ。
これは初めてのことで、前回までは父が我が家の長だったから・・・・!