背水の陣(はいすいのじん)
 中国の楚漢戦争の中で漢軍と趙軍とが井陘(せいけい、現河北省)にて激突した井陘の戦いで、
 韓信率いる漢軍がとった独創的な戦術から発生した故事である。
由来
 漢の劉邦に仕えていた韓信は兵力20万人の趙を約3万の兵で攻略しなければならないという難局に臨んだ。
 
 井陘口を抜けた韓信軍は、河を背にして布陣し城壁を築いた。
    『尉繚子(うつりょうし)天官編』に「背水陳爲絶地」
     (水を背にして陳(陣)すれば絶地(死に場所)となる)とある。
 水を前にして山を背に陣を張るのが布陣の基本であり、
 これを見た陳余は「韓信は兵法の初歩も知らない」と笑い、
 兵力差をもって一気に攻め滅ぼそうとほぼ全軍を率いて出撃、韓信軍に攻めかかった。
 
 韓信は初め迎撃に出て負けた振りをしてこれを誘き寄せ、河岸の陣にて趙軍を迎え撃った。
 兵力では趙軍が圧倒的に上であったが、後に逃げ道の無い漢の兵士たちは必死で戦ったので、
 趙軍は打ち破ることが出来なかった。
 
 後にこの布陣で何故勝てたのかと聞かれた韓信は、「私は兵法書に書いてある通りにしただけだ。
 即ち『兵は死地において初めて生きる(「之れを往く所無きに投ずれば、諸・歳の勇なり
 〔兵士たちをどこにも行き場のない窮地に置けば、おのずと専諸や曹劌のように勇戦力闘する〕」
 『孫子』九地篇)』」と答えている。これが背水の陣である。
 
 ちなみに、韓信に尋ねられた李左車は、初め自分の考えを述べることに躊躇したが、
 そのときに彼が放った「敗軍の将、兵を語らず」(『史記』淮陰侯列伝)という言葉は有名である。
 
昨日自民党による新政権が誕生した。
安倍首相は”危機突破内閣”と名付けて、
復興と経済再生を最重視して難関を切りぬけようとしている。
小泉ジュニアは「変わった自民党を証明する」とインタビューに答えていたが、
新しい自民党には総裁を支えて「背水の陣」でのぞんで欲しいものだ。
そしてその結果は来年の参議院選挙で評価されることになる。
 
敗れた民主党も新しい海江田新代表のもとで再出発するが前途多難であろう。
余談だが、予想通り小沢氏はまた政党を壊すようだ。・・・・懲りない人とはこの人の事だ。 
 
2012年12月27日
私の現在の悩みは年末年始の献立だ。
その期間の買い物は28日、31日、3日を予定している。
つまり、28日、29日、30日のメニューと
     31日、1日、2日のメニューを決めないと。
 
妻は今晩遅く出張から帰ってきて、年末年始休み(10連休)になるようだ。しかし、
業務分担では私が炊事、妻が洗濯・掃除になっているので、私の役目は変わらない。
元旦の”あん餅雑煮”だけが決定事項だが・・・・・頭が痛くなる。