糟糠の妻(そうこうのつま)
意味: 貧しいときから共に苦労を重ねてきた妻
光武帝の姉・湖陽公主(劉黄)は夫に先立たれると、再婚する相手は誰が良いか光武帝に相談した。
実は公主には意中の人がいて「宋弘の威容と人徳は、群臣の及ぶところではありません」と
彼に並ならぬ興味を示した。
しかし宋弘は妻帯の身である。
そこで光武帝はまず宋弘の人となりを試そうと、これを召すことにした。
拝謁の場では公主を屏風の後ろに控えさせ、宋弘との会話を盗み聴きできるようにしたのである。
光武帝が「『貴賓な身ともなれば友を代え、富裕な身ともなれば妻を代える』という諺があるが、
やはりこれが人情というものなのだろうなあ」と切り出すと、
宋弘は「臣が聞くところによりますと、
『貧賤な身のときに知った友を忘れてはならず、粗末なものを食べて苦労を共にした妻を正妻の座から
下ろしてはならない』とのことでございます」と答えた。
これには光武帝も感心し、公主の方を振り返ると、「あの事はまずだめでしょう」と言ったという。
この「糟糠之妻不下堂」(そうこうの つまは どうより くださず)が、今日にまで伝わっている。
「糟糠」とは「酒かすや米ぬか」のことで、粗末な食事の代名詞。
「堂より下さず」とは「座敷から下げない」という意味で、
つまり正妻の座を追ってはならないといったものである。
私は推理小説が好きだ。
「今は地位も名誉もある男が、苦楽を共に生きてきた年とった妻が邪魔になって殺す」
と言う話はよく出てくる。
男とはまったくどうしようもない動物である。
しかし宋弘のような人ばかりならミステリー小説が成立しなくなるので・・・!
2012年12月15日
今夕は忘年会だ。
私は町内に3つの飲み友達グループの終身幹事に指名されている。
・徳島阿南時代の同僚(7年間)
・香川高松時代の同僚(25年間)
・コトデン長尾線の通勤友達
で、今回は高松時代の7名と ”がってん(コドデン学園通り駅南すぐ)” で行う。
また、しわがれ声(しゃべりすぎ)になって帰還することになるだろう。