1889年11月14日
 ネリー・ブライが八十日間世界一周の旅に出発。72日6時間11分14秒で達成。
エリザベス・ジェーン・コクランは、アメリカ合衆国のジャーナリスト。
ネリー・ブライのペンネームで最もよく知られる。
 
ブライはピッツバーグ・ディスパッチ紙でいくつかの調査記事を執筆した。
その後彼女は同紙を離れ、ニューヨークでジョーゼフ・ピューリツァーのニューヨーク・ワールド紙に職を得た。
彼女が同紙で最初に担当した記事は、ブラックウェル島の女性精神病院の記事であった。
彼女は自身を患者達が病院で扱われたように委ね、その事実を明らかにした。
秘密を調査し暴露するという手法は彼女のトレードマークとなった。
 
世界一周の旅行中に彼女はイギリスだけでなく、日本、中国、香港、ブリンディジ、コロンボ、サンフランシスコ
などを訪れた。彼女は単独世界一周旅行を行った最初の女性であった。
 
八十日間世界一周』は、ジュール・ヴェルヌによる1872年に発表されたフランスの小説。
ロンドン/スエズ・・・・・・・・・・・・・・ 鉄道および蒸気船 7日
スエズ/ボンベイ・・・・・・・・・・・・・ 蒸気船        13日
ボンベイ/カルカッタ・・・・・・・・・・・ 鉄道          3日
カルカッタ/香港・・・・・・・・・・・・・・ 蒸気船        13日
香港/横浜・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 蒸気船         6日
横浜/サンフランシスコ・・・・・・・・ 蒸気船        22日
サンフランシスコ/ニューヨーク・・ 鉄道          7日
ニューヨーク/ロンドン・・・・・・・・・・ 蒸気船および鉄道 9日    計80日間
 
ネリー・ブライは1895年に富豪のロバート・シーマンと結婚し、ジャーナリズムから一時引退した。
彼女は1904年に夫が死んだ後、その会社の管理を引き継いだ。
彼女はその後ジャーナリズムの世界に復帰し、1913年の女性投票権協定や第一次世界大戦の
ヨーロッパ東部戦線のレポートを行った。
 
八十日間世界一周は小学校の頃読んだ様に思うがほとんど記憶にない。
しかしブライは魅力的な女性だ。好み!ちょっと似てるか・・・・?
 
2012年11月14日
今日は母の87歳の誕生日だ。
明日、介護施設で11月生まれの誕生会をしてくれるので、妹が行くことになっている。
妹がノンアルコールのビールを持って行ってお祝いをする。
家なら本物を飲ませてあげられるが、施設はアルコール禁止なのだ。
年初めに骨折して入院した時の衰えぶりからすれば、歩けなくなったが今はずいぶん元気になった。
これからも穏やかに過ごしてほしい。
いつも誰にでも ”ありがとう” と感謝する母に・・・私が感謝したい。 ありがとう・・・そしてごめんね!