1967年10月18日
イギリスのモデル、ツイッギーが来日。ミニスカートブームが起こる。
当時のサイズは身長165cm、体重41kg。
また彼女はこの頃、年に1千万ドル(36億円)を稼ぎ出す売れっ子ファッションモデルで
「ミニ(スカート)の女王」として日本では若い女性から羨望の的とされ、ツイッギーをイメージ
したコンテストが催されるほどの加熱ぶりであった。
滞在中は森永製菓の「チョコフレーク」や「トヨタ・コロナ」(1967年)のCM撮影などをこなし、
大阪の吉兆を訪れたり、京都の時代祭りを楽しんだりした後、11月8日に帰国。
それ以来、何度か来日している。
1971年発売の森永「小枝」は、この来日の後、ツイッギー(小枝)の名をヒントに誕生したと言われている。
当時中学生の私にとっては衝撃のミニスカートだった。
しかしガリガリのツイッギーはあんまり魅力的では無かった・・・・・当時から巨乳願望あり・・・!
1960年代後半に世界的に大流行するミニスカートはロンドンのストリート・デザイナー
マリー・クワントが若者向けに売り出したことで流行するようになったと言われている。
1965年にはイギリスのアンドレ・クレージュがオートクチュールでミニスカートを発表し、
同国出身のモデルツイッギーが着用してブームを呼び起こし、これによりミニスカートは世界中に広がった。
テレビのファッションショーを見ている妻いわく
「モデルさんの胸はみんな私ぐらいでしょう・・・・かっこいい大きさよ・・・・・」
願望はずうっと変わっていないがどうも縁が無いようだ。
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/3/38/Girls_wearing_seifuku_in_Tokyo.jpg/800px-Girls_wearing_seifuku_in_Tokyo.jpg
街角の女子高生。左からデニム、制服のタータンチェック、セーラー服のミニスカート。
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/c/ce/Yamanba_de_dos.jpg/346px-Yamanba_de_dos.jpg
ギャル系ファッションのミニスカート。
イベントコンパニオン
2012年10月18日
夏に作ったレモン酒(3.6ℓ)の残量が少なくなったので、
キウイ酒(ホワイトリカー1.8ℓ、レモン4個、キウイ10個、氷砂糖200g)
みかん酒(ホワイトリカー1.8ℓ、レモン5個、みかん1kg、氷砂糖200g)
を初めて作った。
どちらも3ヶ月ぐらいで飲めるらしいので、旧正月には中国に持って帰れるだろう!
後は柿とバナナに挑戦するつもりだ。