1307年10月13日
フランス王フィリップ4世が、テンプル騎士団の壊滅と資産の略奪のためにフランス全土において
会員を一斉に逮捕。
テンプル騎士団は構成員が修道士であると同時に戦士であり、設立の趣旨でもある第一次十字軍が
得た聖地エルサレムの防衛に主要な役割を果たした。
特筆すべき点は、騎士団が保有する資産(構成員が所属前に保有していた不動産や各国の王族や
有力貴族からの寄進された土地など)の殆どを換金して、その運用のために独自の金融システムを
発達させ、国際銀行の元祖ともいうべき役割を果たしていたことである。
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テンプル騎士団の旗
テンプル騎士団は以下の4つのグループから構成されていた。
- 騎士 - 重装備、貴族出身
- 従士 - 軽装備、平民出身
- 修道士 - 資産管理
- 司祭 - 霊的指導
フィリップ4世はフランス全土においてテンプル騎士団の会員を何の前触れもなく一斉に逮捕。
異端的行為など100以上の不当な罪名をかぶせたうえ、罪を「自白」するまで拷問を行った。
フランス王フィリップ4世(美男王)
異端審問において立ち会った審問官はすべてフランス王の息のかかった高位聖職者たちで、
特権を持ったテンプル騎士団に敵意を持つ人ばかりであった。
騎士団は異端の汚名を着せられ、資産は聖ヨハネ騎士団へ移すこと、以後の活動を全面的に禁止する
ことが決定された。
火刑に処される騎士団員
テンプル騎士団については、19世紀に至るまで彼らの異端という汚名は晴らされることがなく、
無批判に受け入れられていた。しかし1813年にフランスのレイヌアールが初めてこれに疑義を呈した。
最終的に1907年にドイツの歴史学者ハインリヒ・フィンケが「彼らの罪状は事実無根で、フィリップ4世が
資産狙いで壊滅させた」ことを明らかにした。
現代のカトリック教会の公式見解では、テンプル騎士団に対する異端の疑いは完全な冤罪であり、
裁判はフランス王の意図を含んだ不公正なものであったとしている。
10月13日
今朝は喉がまだ痛いが、熱は下がったようだ。
集落総出でこれから神社境内の掃除があり、夕方5時から宵祭りだ。
獅子舞はちょっとしんどいので、なり物(鐘、太鼓)で参加するつもりだ。
明日の本祭りは体調をみて獅子を使うつもりだ。
この日ばかりは、外に出ている子供も孫を連れてくるので過疎地も賑やかな祭りになる。
我が家の息子達はいつおじいちゃんにしてくれるのだろうか?