1988年10月4日
 ベトナム・ホーチミン市で二重体児・ベトちゃん・ドクちゃんの分離手術。
 
 ベトちゃんドクちゃんは、下半身がつながった結合双生児としてベトナムで産まれた兄グエン・ベト
 弟グエン・ドクの双子の兄弟(1981年2月25日生まれ)。
 
 ベトナム中部高原のコントゥム省で生まれる。
 この地域はベトナム戦争下で枯葉剤が多量に散布された地域である。
 2人は上半身2つが1つの下半身でY型に繋がった結合双生児として産まれた。
 母親フエは終戦の1年後に枯葉剤のまかれた地域に移住し、農業を行っていた。
 彼女は枯葉剤のまかれた井戸で水を飲んだという。
 
 下半身がつながった結合双生児の写真は日本中に紹介され、ベトナム戦争の爪跡ととらえられ、
 日本で大規模な支援活動が起こった。
 1986年6月11日、ベトが急性脳症を発症、治療のために日本に緊急移送された。
 6月19日、東京の病院で手術が行われたものの後遺症が残った。
 
 1988年3月に帰国し母親と再会。その後ベトが意識不明の重体となる。
 2人とも死亡してしまう事態を避けるため、10月4日にホーチミン市立ツーズー病院で分離手術が行われた。  この手術は日本赤十字社が支援し、日本から医師団が派遣され高度な医療技術が提供された。
 ベトナム人医師70人、日本人医師4人という医師団を編成しての17時間に及ぶ大手術は成功し、
 ベトには左足がドクには右足がそれぞれ残された。
 
 2006年12月16日、ドクはボランティア活動の際に知り合った専門学校生の
 グエン・ティ・タイン・テュエン と結婚。このことは日本でも大きく取り上げられた。
 また、結婚後に兄ベトを引き取り夫婦で介護していた。
 
 2009年10月25日、ドクの妻テュエンがツーズー病院で男女の双子を出産。
 それぞれ富士山と桜にちなみ、男児はグエン・フー・シー、女児はグエン・アイン・ダオと命名された。
 なお2007年に兄のベトは腎不全と肺炎の併発により26歳で死去。
 
 ベトナム戦争において南ベトナム解放民族戦線のゲリラ戦略に対抗し米国は枯葉剤を大量に散布した。
 この枯葉剤にはジベンゾ-パラ-ダイオキシン類が含まれていた。ダイオキシン類の一種であり、
 マウスで催奇形性が出ることが実験で確認されていたため、TCDDによる奇形が疑われたが、
 ヒトに対する奇形性は現在でも未確認である。
 
戦争になれば人間で無くなる。人でなくならないと戦争はできない。
そして原子爆弾、科学兵器、大量破壊兵器などで多数の民間人を殺戮する。
今も内戦で自国民同士で命の奪い合いが行われ、テロ行為で無関係な人が殺される。
人間とは愚かな生き物だとつくづく思う。
 
2012年10月4日
月曜日はゴルフの練習
火曜と水曜は1時間半歩き
木曜日に囲碁会に行って
金曜日はまたゴルフの練習
土日は妻の相手・・・・これが私の最近の一週間です。