2001年9月11日
 アメリカ同時多発テロ事件。
航空機の激突で炎上するワールドトレードセンタ
 
2001年9月11日朝(現地時間)、マサチューセッツ州ボストン、バージニア州ダレス(ワシントンD.C.近郊)、
ニュージャージー州ニューアークを発った4機の旅客機が、モハメド・アタを中心とするアラブ系の
グループによってほぼ同時にハイジャックされた。
彼らは操縦室に侵入して操縦し、2機をニューヨーク・マンハッタンへ、
残り2機をワシントンD.Cへ向かわせた。
 
アメリカン航空11便は、乗客81名・乗員11名を乗せて、ニューヨーク世界貿易センターの超高層ビル
であるツインタワー北棟(110階建)に突入し爆発炎上した。
 
ユナイテッド航空175便は、乗客56名・乗員9名を乗せて、アメリカン航空11便を追うように
ニューヨークへ進路を変え、世界貿易センタービルのツインタワー南棟(110階建)に突入し爆発炎上した。
 
アメリカン航空77便は、乗客58名・乗員6名を乗せて、バージニア州アーリントンにある
アメリカ国防総省本庁舎(ペンタゴン)に激突し、爆発炎上した。
 
ユナイテッド航空93便は、午前8時42分、乗客37名(日本人1名を含む)・乗員7名を乗せて、
ペンシルベニア州シャンクスヴィル(ワシントンD.C.北西240kmの場所)に、対気速度で墜落した。
 
このテロ事件を動機として、2002年に国際テロ組織とテロ支援国家と断じた悪の枢軸
(イラク、イラン、北朝鮮)との戦いを国家戦略とし、
「アメリカの防衛のためには、予防的な措置と時には先制攻撃が必要」として推進する方針を決めた。
これをもとに、アメリカ合衆国はイラクに対して退寮破壊兵器を隠し持っているという疑惑を理由に、
イラク戦争に踏み切った。
 
その後の2004年10月、アメリカ合衆国政府調査団は「開戦時にはイラク国内に大量破壊兵器は存在せず、
具体的開発計画もなかった」と結論づけた最終報告書を米議会に提出。
2006年9月には、アメリカ上院情報特別委員会が「旧フセイン政権とアルカイダの関係を裏付ける
証拠はない」との報告書を公表しており、開戦の正当性が根底から揺らぐ結果となっている。
 
同時多発テロ9.11もイラク戦争もまるで映画でも観てるかのような印象だった。
両方とも記憶から遠のいている。
良くも悪くも人は忘れる。
 
2012年9月11日
早朝から雨と雷の中、妻は15日まで大連に出張のため高速バス停まで送った。
 
四国の水がめ早明浦ダムの貯水率は100%だが、東京は水不足のようだ。
あれだけゲリラ豪雨に悩まされたのに、自然とはままならないものだ。
 
自民、民主二大政党の党首選、”ど~でもいい”感じ、これじゃ困るのだが・・・。