1960年9月5日
  池田勇人首相が、高度成長・所得倍増などの新政策を発表。
大蔵官僚を経て終戦後まもなく政界入りし、吉田茂の右腕として頭角をあらわし、
吉田内閣の経済運営・安全保障政策に深く関与した。
佐藤栄作と並ぶ「吉田学校」の筆頭格である。
保守合同後は自民党の宏池会の領袖として一派をなし、1960年に首相に就任した。
首相としては所得倍増計画を打ち出し、日本の高度経済成長の進展に最も大きな役割を果たした
政治家である。
 
日本経済が飛躍的に成長を遂げた時期は、1954年(昭和29年)12月から
1973年(昭和48年)11月まで
 (一部文献では、第一次高度経済成長期(設備投資主導型)は1954年(昭和29年)12月から
  1961年(昭和36年)12月まで、転型期は1962年(昭和37年)1月から1965年(昭和40年)10月まで、
  第二次高度経済成長期(輸出・財政主導型)は1965年(昭和40年)11月から1973年(昭和48年)11月までで)の19年間である。
 
1960年代には東京オリンピックの開催やベトナム戦争、1970年に開催された大阪万博どによる特需があり、
1968年には国民総生産(GNP)が資本主義国家の中で第2位に達した。
この経済成長は世界的に見ても稀な例であり、終戦直後の復興から続く一連の経済成長は
東洋の奇跡」(東アジアの奇跡)と言われた。
 
この時代、テレビ・洗濯機・冷蔵庫の3種類の家電製品は三種の神器と呼ばれ、
急速に家庭に普及していった。
これら家庭製品の普及は生活時間の配分にも大きな影響を与え、
女性の社会進出を少しずつ促すことになった。
 
こうした経済成長の陰で社会公共投資や福祉支出は低水準にとどまり、
また環境破壊が起こり「水俣病」や「イタイイタイ病」、四日市ぜんそく」といった公害病の発生、
大量生産の裏返しとしてのゴミ問題などの公害の問題が高度経済成長期後半になると深刻化した。
 
高度成長が終わっておおよそ40年経つが、日本はその後遺症に喘いでいる。
経済成長と引き換えに失ったものが余りにも大きい。
今度の総選挙で各政党にはこれからの50年のビジョンを示してほしいと思う。
 
2012年9月5日
朝刊の読者文芸「随筆」の9月の募集テーマは「父」だ。
 
先日、知り合いから92歳で亡くなられたお母様が書かれた随筆集「卒寿を越えて」を頂いた。
90歳から書き始めたそうで、新聞の文芸欄にも数編採用されているほどで、力作ばかりだ。
触発されて初めて応募しようかと思っている。
締め切りは9月17日必着だから今週中に書かなくては・・・・・。