1945年8月17日
 東久邇宮 稔彦王(ひがしくにのみや なるひこおう)が第43代内閣総理大臣に就任し、
 東久邇宮内閣が成立。初の皇族首班内閣。
 
 敗戦処理内閣として憲政史上最初で最後の皇族内閣を組閣した。
 連合国に対する降伏文書の調印、陸海軍の解体、復員の処理を行い、
 一億総懺悔を唱え国内の混乱を収めようとしたが、GHQによる内政干渉に抵抗の意思を表すため、
 歴代内閣在任最短期間の54日で総辞職した。
 
 日本の降伏が告知されたものの依然として陸海軍は内外に展開しており、
 東久邇宮内閣の第一の仕事は連合国の求める日本軍の武装解除であった。
 この目的のため、東久邇宮は旧日本領や占領地に皇族を勅使として派遣し、
 現地師団の説得に当たらせている。 
 
 また、連合国による占領統治の開始が滞りなく行われるように、
 受け入れ準備に万全を期すことも重要な任務としてこれを達成した。
 9月2日にはポツダム宣言(降伏文書)の調印を迎えた。
 
在任中の東久邇宮の発言として特に有名なものは、
9月5日に国会で行われた施政方針演説の以下のくだりである。
敗戦の因って来る所は固より一にして止まりませぬ、前線も銃後も、軍も官も民も総て、国民悉く静かに反省する所がなければなりませぬ、我々は今こそ総懺悔し、神の御前に一切の邪心を洗い浄め、過去を以て将来の誡めとなし、心を新たにして、戦いの日にも増したる挙国一家、相援け相携えて各々其の本分に最善を竭し、来るべき苦難の途を踏み越えて、帝国将来の進運を開くべきであります
このいわゆる「一億総懺悔論」が東久邇宮首相の主要な政治理念とみなされた。
ある意味では国家首脳部の戦争責任を曖昧にする論理と言える。
すでに敗戦直前の時期に内務省情報局から各マスコミに対して
 「終戦後も、開戦及び戦争責任の追及などは全く不毛で非生産的であるので、許さない。」との
通達がなされていた。
 
 
戦後の復興を優先するための「一億総懺悔論」により、
第二次世界大戦の総括が行われないままに戦後67年が過ぎてしまったように思う。
 
しかし今となっては誰がそれを出来ようか・・・?
 
2012年8月17日
妻からの3つのミッションを実行中ですが、もう一つあったのです。
出発前に賞味期限切れの食品を捨てようとしたので・・・・ちょっと待った・・・もったいない・・・!
そこで指令ですが、帰るまでに処分する事(方法はおまかせ)。
  ・インスタントラーメン3個は完色・・・・残るは1個(2012・7・20)
  ・味付けのりは昨日切干大根といっしょに佃煮に加工して処分完了(ご飯に合う)
 まだ残っているのが
  ・スパゲッテイ500g(2012・6・26)
  ・ミートソース1缶(2009・4・19)
  ・マカロニグラタン1箱(2012・1・9)
 
問題はミートソース缶3年前だから厳しいかなぁ・・・・?