1945年8月6日
 第二次世界大戦;広島市への原子爆弾投下。
 
 これは実戦で使われた世界最初の核兵器である。
 この一発の兵器により当時の広島市の人口35万人(推定)のうち約14万人が死亡したとされる。
 
原爆投下命令
 1945年7月25日、トルーマン大統領が原爆投下の指令を承認し、
 ハンディ陸軍参謀総長代理からスパーツ陸軍戦略航空軍司令官(戦略航空隊総指揮官)に
 原爆投下が指令された。
 
グアム島
 8月2日、グアム島の第20航空軍司令部からテニアン島の第509混成群団に、
 野戦命令13号が発令された。
 
テニアン島
 8月4日、B-29エノラ・ゲイ号は最後の原爆投下訓練を終了して、
 マリアナ諸島テニアン島北飛行場に帰還した。
 翌8月5日21時20分、第509混成部隊の観測用B-29が広島上空を飛び、
 「翌日の広島の天候は良好」とテニアン島に報告した。
 5日、第509混成群団司令部から出撃命令35号が発令された。
 
8月6日
 1時27分、Mk-1核爆弾リトルボーイを搭載したエノラ・ゲイがタイシングを開始し、
 1時45分にA滑走路の端から離陸した。
 
 8時9分、エノラ・ゲイ号は広島市街を目視で確認した。高度は31,600ft(9,632m)。
 まず原爆による風圧等の観測用のラジオゾンデを吊るした落下傘を三つ落下させた。
 青空に目立つこの落下傘は、空を見上げた市民たちに目撃されている。
 
 8時15分17秒、原爆リトルボーイが自動投下された。
 
 リトルボーイは爆弾倉を離れるや横向きにスピンし、ふらふらと落下した。
 間もなく尾部の安定翼が空気を掴み、放射線を描いて約43秒間落下した後、
 相生橋よりやや東南の志摩病院付近高度約600メートルの上空で核分裂爆発を起こした。
 
この日は私達日本人や米国人、いや世界中の人々にとっても、
”忘れない、忘れられない、忘れさせない” 日となって欲しいと願う。
 
2012年8月6日
 今週は少し過ごしやすい天気が予想されている。金曜のゴルフにはいい。
 
 オリンピックはメダル数としては前回北京を越えているようだが、
 金メダルの数は今日現在で2個と目標の15個とはほど遠い状況だ。
 
 色の違いはあるがメダルを獲得した選手、獲得できなかった選手、
 いずれにしてもベストを尽くす姿は元気を与えてくれている。
 
 ありがとう!みなさんを誇りに思う!