1703年6月20日
大坂・竹本座で近松門左衛門作の人形浄瑠璃『曽根崎心中』が初演。
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/b/b0/Ohatu_and_tokubei.jpg/800px-Ohatu_and_tokubei.jpg
露天神の境内にあるブロンズ像
「此の世のなごり。夜もなごり。死に行く身をたとふれば、あだしが原の道の霜」で
始まる有名な道行の最後の段は「未来成仏うたがひなき恋の手本となりにけり」と結ばれ、
お初と徳兵衛が命がけで恋を全うした美しい人間として描かれている。
『曽根崎心中』は、元禄16年4月7日(1703年5月22日)早朝に大阪堂島新地天満屋の
女郎「はつ(本名妙、21歳)」と内本町醤油商平野屋の手代である「徳兵衛(25歳)」が
西成郡曽根崎村の露天神の森で情死した事件を題材にしている。
この事件以降、露天神社はお初天神とも呼ばれる事が多くなった。
江戸時代に初演を含め数回で禁止されたが、筋が単純であることもあって長く再演されないままだった。
- 歌舞伎:昭和28年(1953年)、東京の新橋演舞場での上演で再開。中村鴈治郎 ・中村扇雀(現・坂田藤十郎)による。原作にない九平次の悪が露見する場面を入れ扇雀のお初の美しさによりヒット、以後何度も宇野版で上演されるようになった。
- 人形浄瑠璃:昭和30年(1955年)1月、四ツ橋の文楽座での上演で復活(脚本脚色・作曲:野沢松之助)。お初:吉田栄三、徳兵衛:吉田玉男。原作をテンポなどにより原文からアレンジした。また江戸時代の初演時代には人形は2人で操作していたが、後に3人操作になっていたため足をつけるという演出がほどこされた。
2012年6月20日
台風4号は四国沖を通過し紀伊半島の南端に上陸したため、香川県は大きな被害はなかった。
キュウリも無事だった。今朝3本収穫した。
この金曜日には町内会(元会社の同僚5人で)の一杯会を計画しているが、台風5号の影響が心配だ。