1960年6月19日
デモ隊33万人が徹夜で国会を包囲する中、
新日米安保条約が参議院の議決がないまま午前零時に自然成立。
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/6/69/1960_Protests_against_the_United_States-Japan_Security_Treaty_07.jpg/300px-1960_Protests_against_the_United_States-Japan_Security_Treaty_07.jpg
国会を取り囲んだデモ隊(1960年6月18日)
1951年(昭和26年)9月8日、第二次世界大戦の連合国49ヶ国と日本の間で、
日本国との平和条約(サンフランシスコ平和条約)が締結された。
主席全権委員であった吉田茂は、
同時に「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約」(旧日米安全保障条約)に署名した。
この条約によって日本を占領していた連合軍の1国であるアメリカ軍は、
「在日米軍」となり、継続して日本に駐留する事が可能となった。
1958年(昭和33年)頃から自由民主党の岸信介内閣によって改定の交渉が行われ、
1960年(昭和35年)1月に岸以下全権団が訪米、大統領ドワイト・D・アイゼンハワーと会談し、
新安保条約の調印と同大統領の訪日で合意。6月19日に新条約が調印された。
新安保条約は、
- 内乱に関する条項の削除
- 日米共同防衛の明文化(日本を米軍が守る代わりに、在日米軍への攻撃に対しても自衛隊と在日米軍が共同で防衛行動を行う)。
- 在日米軍の配置・装備に対する両国政府の事前協議制度の設置
など、安保条約を単にアメリカ軍に基地を提供するための条約から、日米共同防衛を義務づけたより平等な条約に改正するものであった。
なお、この通称「新安保条約」は
「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」で現在も当然有効である。
2012年6月19日
台風4号が日本列島を縦断しそうである。
強風と豪雨に警戒が必要だ。
小さなことだが家庭菜園のキュウリが心配だ。
雨は必要だが、何事もほどほどが肝要だ。