1891年4月29日
丸亀練兵場で、二宮忠八が製作したプロペラ式模型飛行機(玉虫型飛行機)が飛行に成功。
明治20年(1887年)、忠八は徴兵され、香川県の丸亀歩兵第12連隊第1大隊に入隊した。
ある日(1889年11月のことという)、忠八は野外演習の休憩で昼食を取っているときに
滑空しているカラスを見て、羽ばたいていないのに気付く。
そして、翼で向かってくる風を受けとめることができれば、空を飛べるのではないかと考えた(固定翼の着想)。
それを基に忠八は、「模型飛行器」を作成。
これがいわゆる「烏(からす)型飛行器」である。主翼は単葉で上反角を持ち、翼幅は45cm。全長は35cm。
機尾に水平尾翼、機首に垂直安定板があった。また三輪を備えていた。
推進力はゴムひも(陸軍病院勤務であった忠八は聴診器のゴム管を流用した)で駆動される
推進式の四枚羽プロペラであった。
明治24年(1891年)4月29日、3mの自力滑走の後、離陸して10mを飛行させて、
日本初のプロペラ飛行実験を成功させた。
ライト兄弟の初飛行に先立ち動力付き有人飛行機を着想するも、
金銭的事情で研究が進展せず有人飛行を断念したが、黎明期の先駆者としての功績と才能、
様々な逸話、人格等、世界的な発見や功績は挙げていないものの、
日本航空機史上へ名を刻むに足る人物として認知されつつある。
ちなみにライト兄弟は明治36年(1903年)12月17日、有人飛行に成功する。
2012年4月29日
今日は午前中は氷上八幡神社の氏子総代会がある。
私の住む集落は18軒(昔は27軒あったのだが)なので、18年ぶりに世話役が回ってきたのである。
前回は父(平成11年死亡)が出席しいたので、私にとっては初体験である。
この一年間神様のお世話をさせてもらうので、いいことがあるかも・・・・。