先日のテレビ番組で「泣いて馬謖を切る」のセリフがあった。
元部下を自殺に追いやってしまったが、
「どんなに優秀な者であっても、私怨私情で法や規律を曲げて責任を不問にすることがあってはいけない」
のような意味合いのセリフだったと思う。
主人公の窓辺太郎が、元部下を利用し見殺しにした男に対して、
「知っておくんですね。あれは孔明の命令に背いたから切ったんですよ」・・・!
今、北方謙三の三国志を読んでる。
確かに出てきました。
『正史』では「諸葛亮は彼(=馬謖)のために涙を流した」と書かれている。つまり、軍律を守る為に愛弟子を処刑することになり、彼のことを思って諸葛亮は泣いたとされている。
しかし『演義』では、何故泣くのかを将エンに訊かれた諸葛亮は「馬謖のために泣いたのではない」と答えている。諸葛亮は劉備に「馬謖を重く用いてはならない」という言葉を残されていたにも関わらず、その言葉を守らなかった自分の不明を嘆き、泣いたとされている。
北方は後者の意味合いが強いと思う。
孔明は馬謖の才能を評価していたが負けを知らない危うさも危惧していた。
この戦いでの彼の役割は勝つ事ではなく耐えることだったのだ。
才能があるがゆえに泥臭く耐えることができなかった。
副将王位は命令をかたくなに守った。
孔明は王位を大将にして耐える試練を愛弟子に与えるべきだったと泣いたのだ。