1969年1月19日
東京大学安田講堂に立てこもっていた全共闘を排除した日。
事件の背景
1960年代後半、ベトナム戦争激化の一途をたどっていた。また、1970年で期限の切れる日米安全保障条約の自動延長を阻止・廃棄をめざす動きが左派陣営で起きていた。これに伴い学生によるベトナム反戦運動・第二次安保闘争が活発化した。それと時を同じくして、高度経済成長の中、全国の国公立・私立大学においてはベビーブーム世代が大量に入学する一方で、ときに権威主義的で旧態依然とした大学運営がみられた。これに対して学生側は授業料値上げ反対・学園民主化などを求め、各大学で結成された全共闘や、それに呼応した新左翼の学生がときに暴力を伴った闘争を展開する学園紛争(大学闘争)が起こった。
その中で、東京大学においては、医学部自治会および青年医師連合(卒業生が所属)が1968年1月下旬より登録医制度反対などを唱え通称「インターン闘争」に始まる東大紛争(東大闘争)を展開した。
医学部では新学期になってもストライキが継続していたが、事態は膠着し、6月15日に医学部の「全学闘争委員会」が安田講堂を再度暴力的手段で占拠した。
1969年1月16日警視庁に正式に機動隊による大学構内のバリケード撤去を要請した。
当時高専の1年生だった私は、まったく理解できなかった。
学校でも一部の先輩がビラを配っていた事を思い出す。
現在の東大生はこの事件をどう認識しているのだろうか?
くしくも昨日、東京大学は秋季入学制度への移行を発表した。
2012年1月19日
今朝、息子は就職活動のため大阪に高速バスで出発した。
前回の広島は失敗に終わっていた。
送っていく車の中で
「お前の売りは何なぁ」の質問に答えられない。
地方の大学生が東大などの有名大学生と勝負するのだ。
それに対して息子は「学歴は関係ない。あくまで本人・・・・」と答える。
甘すぎる。アホか。(これは心の中)
「母ちゃんは勝組みにおるで。自分の利点を最大限活かして仕事をしてる。
”日本人みたいな中国人”、”絶対賄賂をもらわない”」
「日本語をしゃべれる中国人だけでは勝てんのやで!」
何も答えななかったが・・・・・!