今年四月から東京で、
親子三人の暮らしを始めるとメールをもらったのは年始(東京支社勤務になった)でした。
彼は中国人(上海)で奥さんは徳島県人、子供は三歳の男の子)です。
彼は私に今の妻(中国人)を引き合わせてくれた恩人でもあります。
十数年前の出会いなどはまた別の機会に・・・・。
三月十一日にあの東北大震災が発生したため、気になっていたのですがメールを控えておりました。
彼の誕生日が五月末ごろだった記憶があるので、
TO ”誕生日おめでとう、家族三人での東京はどうですか・・・・”
FROM ”今徳島にいます。大変な事があったんです・・・・”
そして知らされた内容が
(震災のため五月の始に上海から二人(妻と子)は徳島の実家に帰省した。
彼は五月十七日に東京から迎えに帰省し、翌十八日には家族で東京に行くことに。
その夜、彼は県道を挟んで向かいにある祖母の話相手をしてた時、
車の急ブレーキのドンとぶつかる音に驚き外に出た。
そして、我が子の惨い姿を・・・・。
帰省した時は必ず祖母宅を訪れているので、一人で彼を探しに来たようだ。
祖母の家にいた自分も責めたが、彼女の落ち込みは言葉で言えないほどで・・・・)
です。
震災が無ければ、彼が祖母の家を訪れなければ、彼女がずっと見ていれば、
一台の車は子供を確認して停止したのにその対向車がなぜ確認できなかったか・・?
後日、香川の友人達と悔やみに訪れて、幼い遺影を見て言葉を無くしました。
本当に苦しむ人に”頑張れ”とは言えません。
ともに泣くことだけです。
親愛なる友よ、あなたの生命力を信じ、祈るばかりです。
そしてこの言葉をささげます。
武者小路実篤「愛と死」より
[死んだものは生きている者にも大きな力を持ち得るものだが、
生きているものは死んだ者に対して無力なものを残念に思う。
今でも夏子の死があまりにも気の毒に思えてしかたがないのである。
しかし死せるものは生ける者の助けを要するには、
あまりに無心で、神のごときものでありすぎるという信念が、
自分にとってせめてもの慰めになるのである。
それより仕方がないではないか]