赤土から顔を覗かせていた石を掘り出すと、敲石の様です。
この遺跡を発見した際にも、赤土の中に小さな欠片を多数見つけました。
「旧石器かも」と思いましたが「石器の認定」は専門家でも難しいものです。
勿論私に分かるはずもありません。
ここでは産出しない岩石なら遺物なのですが、沢山在る岩石では難しいのです。
粘板岩は、近くの山に露頭が幾つも有ります。
自然の作用で石器に似た石(偽石器)が、偶然造られることも有る様です。
剥片に似た欠片など、容易に出来るかもしれません。
ただ、後から改めて観察すると、単純に割れた様には見えません。
中には、微小な剥離痕や線状痕が確認出来るものが有ります。
頁岩系石材は珪質なものから凝灰質まで有って、色調や質感なども様々の様です。
日本海側と太平洋側では頁岩の堆積構造が異なり、日本海側の深海性の珪質頁岩と、太平洋側の二畳紀や三畳紀の泥岩・粘板岩類です。
この遺跡でもアンモナイトの化石を見つけましたが、近くには化石が採集出来る所が有ります。
ここ東北太平洋側では、良質な珪質頁岩は遠隔地石材、粗質な粘板岩は在地石材と言えます。
一般的に粘板岩は剥離痕が明確では無く、剥片石器には向かないとされています。
石の特性を熟知していたはずの人々が、どうして使用したのでしょう。
珪質頁岩など良質な石材が手に入らないため、やむを得ず身近な石材を使用したのでしょうか。
調べると、以外にも東北太平洋側の旧石器遺跡では、遺跡近傍の石材(頁岩など)が利用されることが多く、後半期にかけて珪質頁岩の利用が増えていったとされます。
見つかった石器も剥離痕(加工痕)の明確なものは少なく、両面加工の尖頭器の様な整った石器は見当たりません。
分厚い素材を断ち切って加工したものや、剥片の一部分のみ加工した粗雑なものが多いのです。
人工品は間違いないと思いますが、これらが「石器として使用されたものか、別の石器の作成途上のものなのか」難しいところです。
この遺跡の大きさは明確では有りませんが、探せたのは、まだ3割ほどでしょう。
それ以外の場所や地中深くに、手がかりが埋まっているのかもしれません。


























