私は私
この宇宙では、すべてにユニークさがあって、”一つとして同じではない”、ということはすごいことです。
”私”、は唯一の、”私”、です。
なので、比較するなんてできっこありません。
これまで辿ってきた路程が一人一人違い、それだけとってもえらいこと。
”私”って一体誰なんだろう、と考えていて、思い返してみると、このリリースが始まって以来、この”私”には考えもしなかった、数々の輪廻を経験してきた”私”、と出会うことになりました。
リリースも、玉ねぎの皮を剥くように、一枚一枚と解放されていって、その度に向かう課題は深い部分へと向かっていきました。
あんなこともあり、こんなこともあり、大体において、その出来事を知ってそれを解放するのですが、たまに追体験を経験することがあります。
これはなかなか強烈で、今まさに起こっている状況にどハマりするわけです。
いや〜、体が震えて、その状況が再現される中にいて、苦しい、恐怖に襲われる... ”私”。
とか、さまざま。
エンパスなので、人のリリースをやっていると、彼らのものを受け、それを解放するのにもがき苦しむことがあるけれども、そうしたエネルギーを消化することが大事なことです。
で、さんざん人や自分のリリースをやってきたけれども、大きな転換期の今、長い転生の中で”私”が”私”であるということを、掘り下げるようにと内側を見つめさせられることになりました。
胸の詰まりから、内面を見つめていくと、いろんな人生のリリースされなかった思いや、感情、などが人生一つ一つの繋がったチェーンとなって出てきました。色や形状が少しずつ違ったチェーン、棘がある黒いものや孤独の白いもの、赤黒いもの、などが出てくるわ出てくるわ、かなりの時間出続けて、やっと最後になりました。
最後の最後のチェーンは、ダイヤモンドの輪。
そうか、最初の最初は、この決意があって始まったんだっていうことでした。
ダイヤモンドの輪は、その時の”決意”でした。
その決意を完結するまでは、終えることができない、という。
それまでリリースすることができなかった、胸に詰めこまれて押し殺されていた思い、感情がやっと出てくることができる時になったので、次々と出てきたのです。
この”私”は、そうした”私”でした。
最初の決意は、”ハイヤーセルフの決意”でもあります。
と、小さな”私”ではあるけれども、立体的にはそれぞれの目的や経験を求めて生きているわけで、誰一人として同じではないのです。
大切な経験を積んでいる一人一人です、比較することなんてできません。
貴重な今の時を大切にしなくては。
