最後のクリスマス
一年の終わりに町全体が明るく華やかになって、心がウキウキする季節です。
どこもキラキラしてちょっと異次元な感じですてきですよね。
何か神聖で、清くなったような気がする季節でもあります。
それと、プレゼントがやはり楽しいです。
こういう日があっても一年のアクセントになっていいものです。
なんでも取り入れてしまう日本では、宗教的な意味というのはあまり関係がないですが、やはりクリスチャンの世界では非常に大切です。
このクリスマスもいよいよ今年で終わりですね。
霊的に幼いうちは、何かにすがるとか、罪の償いとか、指導者が必要だとかありましたが、これからは自分たちが愛を体現していけるようになると、そういうことをする必要がなくなります。
本来の教えが隠されてしまい、変な教えを教えられ、歪められた世界の中にいたので混乱こそすれ、本当の喜びや本来のキリストの教えから遠のいていました。
長い歴史でした。
そうした世界で、遠い回り道を長い長い間してきました。
霊的に成長してくると、その歪みや間違いが分かってきます。
日々の生活の中で真実、愛を体現できるようになるのが大切で、教えを学んで覚えるとかといった知識を詰め込んだり、こうしないといけないとかという教えで、返って縛られてしまうようなことは起きてはいけないのですが、巧妙に仕掛けられていました。
あまりにも世界的な行事になってしまっていて、疑うようなことは思いもかけなかったのですが、このクリスマス、キリストの誕生を祝うという本来の意図から全く違った意図にすり替えられてしまっていました。
やはりキリストを隠し、彼らの信奉するサタンを祝うためにあるのがこのクリスマスツリーでした。
”12月25日、人々はキリストの誕生を祝っていると信じているけれども、実際は、”ニムロ ド”の誕生を賞賛しています。このニムロドは、”モレック”とか”バアル”とも呼ばれています。”
偽りの世界から、本当の世界に変わる時ですね。