最近まで障害者の人たちと10年間 いっしょに仕事をしてきました。

精神障害の人たちばかりです。売り上げ低迷でやめたんですけど 正直障害者の人たちの立場に立って考えられるようになったのは、ほんとここ1、2年です。

だから8年間は 今思い出しても恥ずかしいことの連続でした。当時 保健所の制度で”通院患者リハビリ制度”というのがあって、今は社会適応訓練というのに変わっていますけど 一人精神障害者を雇うと一日2000円補助金が出るんですよね。3年間ですけど。訓練ですから障害の程度によって時給もこちらの判断で自由です。 実はあとから 労働基準局に訴えられた事があるんですけど。それは、またの機会にして、最初は、人件費は安く済むし、障害者を雇っていれば見た目も立派に見えるだろう。という恥ずかしい考え方です。実際そんな浅はかな考えはまわりの人には 見透かされていたのでしょうね。10年やっていたのに

だれも知り合いはできませんでした。自分でも当時の自分に会ったら”しかと”ですよ。どつきたい奴ですね。当時は、「こんないい事やってるのに なんで誰も褒めてくれないんや」というふうに思っていました。

 最初から 「俺が障害をよくしたる」という気持ちで、それから一層心理学の本なんかも読み始めました。完全に障害者を自分より下に見ているんですよね。それで自分よりレベルの低い(実は自分の方がレベルが低い部分がたくさんあったんですけど)連中をまわりに集めていい気になっていました。

 その中に知的障害のT子さんがいて 60歳くらいだったかな。T子さんは その仕事場に30年以上勤めていました。ほんと軽作業ですけど。帰りの電車も 乗る時間が決まっていて、何時何分発のその電車にぜったい乗らないと帰れないと思っているので、乗り遅れた時なんかは線路を歩いていっちゃって 電車を止めた事もあるそうです。んで、その仕事場が閉鎖になっちゃったんです。T子さんも年だったので もう働くのはやめようという事で 家にいるようになったんです。

 それから1、2ヶ月してT子さんが 昔の職場におかしを持ってあいさつにきてくれたんですが、その時その30年以上自分が働いていた職場は もう解体されちゃって更地になっていたんですね。それが理解できなくて 一週間後に亡くなりました。

 もう僕の理解を超えていて、「人間はほんとにこういう気持ちだけで死んじゃうんだ」とすんごいなんか そん時 「あぁ俺って小手先人間だな」って思いました。